アフリカから来たランナーたち 箱根駅伝のケニア人留学生
60件の記録
- mutsumi_n@mutsumi_n2026年10月4日読み終わったいわた書店の一万円選書に入っていた本。 この本も自分では見つけられなかったと思う本だ。 タイトルから予測していた内容と全く違っていた。 趣味というか気晴らしで走っている側からすると、「走る」意味が全く違う留学生たちの思いが重くのしかかった。 どの部分にも光と闇があり、綺麗事だけでは済まない部分もある。 その両側面をこの本を通して知ることができた。 好きなテイスト、読み応えありの一冊だった。




みはら丸@Miiihara5552026年9月27日読んでるエティーリのかつての家。今は鶏小屋として使っている そんなことあるぅっ!?て思ったけど世界ってそうやった。日本って素晴らしすぎるし、その視点を持っておかんとあかんのに定期的に思い出して我に帰る感じ、贅沢病にかかってる。 「私たち日本人が知らないうちに、日本の駅伝がこれほど多くの家族の人生に関わっているという事実に、ある種の責任のようなものを感じずにはいられなかった。」 世界は思ってるより色んなところで繋がっている。


もちもち@o0o02026年9月18日読み終わった「ケニア人ランナー」をめぐるルポ。 私は駅伝にあまり興味がなく、外国人ランナーが駅伝で活躍していることもよく知らなかった。 ケニアの貧困問題と駅伝に関係があるなどと想像もしたことがなかった。 ケニア人の立場に立ってみると、走ることで一財を築くのは夢のある話である。 また、今後の時代のことで考えても、「必死で勉強して就いた仕事」がAIや機会に置き換えられてしまう可能性は少なくない。 「人間が走って記録を出す」と言う分野は、これから先でも何かに置き換わることのない、その人唯一の技能になるはずだ。 そう考えれば「走ること」がケニアの立身出世に関わっているのも、結果的にではあるが悪くないように感じられた。 これがプログラミングなどの分野であったなら、今後はその道が閉ざされてしまっただろう。 実際にケニア人ランナーの日本への招聘は、年々厳しくなりつつあるようだ。 本書によれば、留学生の条件が(昨今の外国人問題から)年々厳しくなり、駅伝自体のルールが留学生の出場を制限する方針になりつつあるという。 しかし、「走る力」があれば、それは別の形でも、きっと彼らを救うのだろう。 一方で気になることもある。 まず、「外国人留学生」はケニア人ランナーに限った問題なのだろうかということ。他のスポーツでも起こり得る問題に感じる。 ケニアという貧困問題を持つ国が、たまたま陸上の強豪選手を抱えていたという偶然から「ケニア人ランナー」が日本へ呼ばれているので、他のスポーツで同じことをするにはハードルが高いのかもしれない。 しかし、いつか甲子園に留学生が溢れてもおかしくない。 「高校の競技」に留学生を起用することの感情的な批判は理解できる。 だが、国際化によっていずれ日本在住のアフリカにルーツを持つ(もちろんアフリカに限らないだろうが)子供たちはもっと増えていくだろう。 従来の「日本人」とは体格の面で差異を持つであろう彼らは、きっとスポーツ競技においても重要な存在になるはずだ。 「留学生」を忌避することは本質的な解決にならない。 もちろん過剰な商業主義で、子供たちへの教育を見失ってはほしくない。 しかし、これから先の日本では、今まで通りの「日本人」でいられないのは間違いない。 どう外国人と融和し生きていくか。 必要なのはその意識なのだろう。
もちもち@o0o02026年9月16日読んでるガル高校は存在した。 だが、「ガル高校」は存在しない。 ケニアに実在するガル高校は、日本におけるケニア人ランナーの出身校「ガル高校」ではなかった。 結局「ガル高校」はケニアからの留学生ランナーを日本の教育制度に合流させるために生まれた方便と思われる。 しかし、真実はわからない。 「ガル高校」から日本にランナーを送り込んでいた小林という男は、もうこの世にいないのだ。
でんぐりわたる@wataru_s2026年9月11日読み終わった駅伝を走るケニア人ランナーにスポットライトをあて、そこからケニアからの中長距離ランナーを日本に受け入れる歴史的な過程や、ケニアでのランナーの実情に、ランナーと同じ時間を過ごすことで迫ったノンフィクション。 箱根駅伝などでテレビ越しに視界に入ってはいて「見えて」はいるが、その素性は知らない(というより“異質“なものとして存在を認めているだけ。その異質さの背景を知ろうとしない)という「視えない存在」であるランナーたちに迫っている。著者は彼らと同じ時間を過ごすことで視えなさを解消していく。 日本では東南アジアからくる実習生や留学生の個々人にもこれらランナー同様、当然ながらそれぞれの物語がある。しかし我々はこれらの人たちを記号的にとらて「見て」はいるが、意思を持って対象を理解しようとして「視て」はいないことにも気付かさられる。そして、視ないまま感情的に遠ざけようとする。 人を付属情報やレッテルで「見る」ことなく、その人の背景に想いを巡らせその人個別の一つの人生を感じ入ることで、「視る」ことができ、それだけで世界の輪郭が変わるものだと気付かせてくれる。
SAKIMI@sakimi2026年8月2日買った読み終わったスポーツ観戦を趣味にすると、「ぐぬぬ資本主義め」という思いとも戦うことになるんですが(私だけ?)、この本を読みながら、まさにそれでした。 箱根駅伝で「留学生ランナー」と紹介される選手たち。彼らにも当たり前に、それぞれの人生があり、圧倒的な努力を積み重ねてランナーとしての成功を掴み取っている。そこに勝手に「留学生」というラベルを乱暴に貼っているのは我々だよね? 「留学生だから日本人選手が勝てなくてもしょうがない」のか? 「勝てなくて悔しい」気持ちを留学生に押し付けていないか? 自分もラベルを貼りまくっているなと反省しまくり。 緻密な取材と冷静な考察で、「早く次が知りたい!」と思い、面白いノンフィクションでした。 そして読み終わってからずっとスポーツと資本主義のことを考えています。サッカーW杯も大概だったな…面白かったけど。悔しい。自分の中でも折り合いがつかない。
はな@hana-hitsuji052026年7月11日気になる駅伝とかゴルフ、野球みたいに結果が出るのに時間がかかるスポーツは、静止画像見てるみたいで全く興味がなかったんだけど、どのスポーツでも頑張ってる人や負けてる方を応援してしまう。








夏の季語@natsunokigo2026年5月17日読み終わった今年の大宅壮一ノンフィクション賞受賞作。「ガル高」の秘密や箱根駅伝で活躍したケニア人ランナーの現在など、読者が知りたいと思うであろうことにしっかり応えつつも、終盤でより広い問題にも射程を広げて描き出していて、構成がすごく良いと感じた。



すべての本読み読み委員会@nadare2026年5月1日読み終わったここ数年で箱根駅伝を見るようになり、外国人選手の存在が気になってた🌷 軽やかな語り口につられ、それでそれで!?と前のめりに読んでしまった🙂↕️ 上位何%だけがスポットライトを浴びる陸上の世界。スポンサーを持ち成功しても、賞金の運用方法がわからずにギャンブル・アルコールに溺れてしまうケースが多いため、投資の教育体制を整えるべきだと。学びが多かった。
t-e-t@mitsu_06302026年3月7日読み終わったすごくおもしろかった。箱根駅伝における留学生ランナーの裏側にある良し悪しのある背景を、持っていき方としては批判的に書くこともできる中、肯定していく形になったのは著者がケニアに何度も赴いて現地の人間と密に触れ合ったからなのかなと思う。 そういうふうに接すれば、時には疲れることもあるかもしれないが、排他的な考えにはならないなのだろうなと少し飛躍的だけどそんな想いも。
卯@usagi_yoppa2026年2月8日読み終わった箱根駅伝は毎年見る(家人が陸上オタクである)この歳になると若者が祖国を離れ、言語も食べ物も違う国でがんばっているというだけで泣けるのだが、そうは思わない人がたくさんいるのも知っている。 ケニア人ランナーはなぜ日本で走るのか? 書き手が経済ジャンル出身なので、Numberみたいなスポーツノンフィクションの手触りを期待すると肩透かし。もう少し競技目線の話も読みたかった。 それぞれのエピソードには驚きがあるのに、トーンが情緒的なせいか、なんだか散漫なまま読み終えた。前半は面白かったんだけどなー、スポーツオタクじゃないほうがいいのかも…
あゆぞう@ayuzooo2026年2月4日まだ読んでる箱根駅伝を観てて毎年疑問だった。舞台裏に迫る特番でも、エース区間を走る留学生ランナーたちのことはほぼ語られない。彼らが日本の大学に来た理由やその先のことが知りたかったので読んでる。とても面白く、考えさせられる。彼らは想像以上に重たいものを背負っている。
きくへい@KikuchiKohei2026年1月25日読み終わった圧倒的力作っ! 読みながら、著者に拍手を送りたくなる瞬間が何度もあった。 様々な議論を呼ぶケニア人ランナーという題材を、本作は問題点や軋轢だけでなく、その功績や一人ひとりの人間性も含めて丁寧に描き出している。とりわけガル高校について掘り下げた章は圧巻で、限られた情報を丹念に積み上げ、構造を明らかにしていく過程には、ミステリーを読んでいるかのような快感がある。清濁を合わせ飲みながら、なんとかケニア人ランナーを日本に送り込む仕組みを確立させていく様子が伝わってくる。 本作を貫いているのは、ケニア人ランナーも一人の人間であり、一人の学生であり、それぞれに人生や生活があり、駅伝に勝つための道具ではない、という極めて当たり前の視点である。しかし、その当たり前が、日本の駅伝文化や教育の現場では長く後景に追いやられてきたのではないか、という問題意識が本書の核にある。 アフリカ人ランナーが先頭を走っているにもかかわらず、テレビ中継のカメラが後方を走る日本人ランナーばかりを映す。これは日本のマラソン中継ではおなじみの光景だ。アフリカ人ランナーを特別な存在として、他者として、桁違いのものとして認識し、日本人の中だけの勝負に閉じてしまっていたことが、日本陸上界の低迷を招いてきたことは明らかだ。ケニア人ランナーの人生や人間性を知ることが、彼らを我々と同じ存在として感じることにつながり、それこそが陸上界の発展に必要なのだという提言を、本書は行っていると受け取った。

花蝶@hana-choh2025年12月20日気になる読みたいテレビでマラソンや駅伝を見ていると常に上位を走るアフリカ系ランナーたち。箱根駅伝にアフリカの留学生ランナーが出る理由。公平性、人種差別の議論も?スポーツビジネスの光と影について書かれた作品です。これらを知ったうえで見る、次回の箱根駅伝が楽しみです。構造的な問題を解決するには時間がかかるだろうが、彼らを応援する視聴者の目は今からでも変えられるのではと。一人ひとりの選手に注目し、彼らの走りを応援したいと解説にありました。 非常に興味深い作品です。読んでみたいと思いました。 私も今までと違った感情で、一生懸命走る姿を応援したいと思います。



- Lef@nnsalm1900年1月1日駅伝に出場してる留学生ランナーについての本。 駅伝興味ないんだけど、留学生多すぎだろみたいな話は目にしたことあったから、読んだらかなり深く書いてあってよかった。 他のスポーツもかなり外国人助っ人とかいるのになぜ彼らは批判されたのかとか、その後の活躍やそもそもなぜ登場したのかなど、ご本人からの話もちゃんとあってよかった。 プロになって身を持ち崩すっていうのは日本人でもある話なんだけど、チャンスを生かすことのできた人もいて少しホッとした


































