
yt
@yt
2026年9月12日
サンショウウオの四十九日
朝比奈秋
読み終わった
「ため息を吐いたのは私か瞬か、判別できないのだから二人とも呆れたのだろう」(p23-24)
会話や接触をすれば分かり合え、境界も少しは曖昧になるのだろうか。
「死が主観的に体験できない客観的な事実で、本当に恐るべきは肉体の死ではなく意識の死ならば、どういったことで意識は死を迎えるのだろうか」(p123)
境界を考えると、意識を気にし出して、ついには死を思うことになる。
何が、どうやって生きてるんだ。
叙述トリックだった。









