沙南 "海と毒薬" 2026年9月12日

沙南
沙南
@tera_37
2026年9月12日
海と毒薬
海と毒薬
遠藤周作
「八月、ひどく暑いさかりに、この西松原住宅地に引越した。」  初めて受け持つ患者。しかも、その先は長くない。実験的な手術を受けることになったその人を、勝呂は日々気にかけている。  対して戸田は、感傷は捨てろと言う。こんな時代に、一人助けたってどうにもならない。空襲で死ぬよりも、医学の進歩のために病院で殺される方が意味がある、とも。  勝呂は戸田を「強い」と評する。  戸田は言う。「強くなければ、どう生きられる」  これって果たして、「強さ」なのか。  他者を慮る心を捨て去ること。誰かの死に傷つかないこと。目の前の一人を切り捨てて、その先にある大勢の命を思うこと。  死が当たり前の時代に、それでも目の前の患者を助けたいと願う勝呂先生は、本当に弱いのかな。殺し合いが当然の世界で、命を奪ってはいけないという良心を捨てられないのは、弱さに値するのか。優しいことは弱いことなのか。  わからない。実際にこの時代を生きていないから、考えが甘いのかもしれないし、いくらでも正しいことが言えてしまう。想像するしかない。もし私がそこにいたら。敵国の捕虜を使った人体実験を、自分の中で正当化してしまわなかっただろうか。殺された大切な人たちの怨みを、こいつらで晴らしてやる、と。  戦争は人々の判断を間違わせる。倫理観を捻じ曲げる。昨日まで罪であったことを、今日には正義に変えてしまう。みんなの良心が麻痺してしまった世界で、自身のかたちをどう保っていけばよいのだろう。人はどこまで、自分自身のまま正しくいられるのだろう。世間や社会の目がなければ、私たちは簡単に罪を犯すようになるのだろうか。
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