すゆ "溺れるものと救われるもの" 2026年9月12日

すゆ
すゆ
@suyu12
2026年9月12日
溺れるものと救われるもの
溺れるものと救われるもの
プリーモ・レーヴィ,
Primo Levi,
竹山博英
7年前に訪れた、アウシュビッツの記憶を手繰り寄せながら読んでいった。 当時はショッキングな展示だと思って見ていたもの(遺品の積み上げられた靴の山、大量の髪の毛、毒ガスの空き缶)がもたらした残虐さを知り、実物を見た時以上に重く受け止めた。 レーヴィは、善と悪とで分けようとする極端な単純化に警鐘を鳴らす。 強制収容所に関わっていた人というのは、いたって普通の人だった。ある仕組みに組み込まれれば、特殊な教育を施されれば、誰でも暴力をふるい、罪に加担する可能性があるのだと。 学生の頃に読んだ歴史の教科書は、戦争は終わり、世界は平和に向かっているようにまとめられていた記憶がある。戦争犯罪は、史実は残っている、証言もある、法で罪も裁かれてきた。でも、なぜそのとき犯そうと思ったのか、犯罪の自覚はあったのか。真実はわからない。 既定のことと事実がわかること、人間がわかることは別なのである。安易に結論付けたり、単純化するのではなく、その"曖昧さ"を常に考え続けなければならない… レーヴィが生涯消さなかったという腕に刻まれた囚人番号が、その警告の強さを表しているように感じた。 アウシュビッツの記憶と相まって、私の中でレーヴィの言葉を深く刻まれた感じがした。
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