遠景 "いい子のあくび" 2026年9月12日

遠景
@gegegegebebebebe
2026年9月12日
いい子のあくび
「わたしは、わたしが悪い時でも、わたしは悪くないって主張する。だって割に合わせただけだから。いいとか悪いとかじゃないから。わたしはわたしのぶんだけしかやりたくないから。全部背負っていくのは嫌だから。嫌だけどでも、やっぱり悪いことをしたって思ってる部分はあって、だけどそれは誰にも言えない。わたしが悪かったって認めたら、それは、わたしが割に合わないことを受け入れて生きていかなきゃいけないってことになる。顔をあげて前を向いて歩いている人ばかりが、先に気付く人ばかりが、人のぶんまでよけてあげ続けなきゃいけないってことになる。おれはそうするよ、ってきっと大地は言う。そうだろうね、大地。大地はきっとそうする。直線を譲らないことが、まっすぐに歩くことではないと分かっているから。」高瀬隼子『いい子のあくび』p.133 自分自身を俯瞰することができる「いい子」の割り切れなさが痛いほどわかる。正しくありたいと思う人が、正しさを気にしない人に比べて払うコストが大きすぎる世界。たぶんそのことについて何を言っても「正しくありたいと思うことだって人それぞれ」「正しくなくていいと思うことも多様性」みたいな、正当化できたのかできてないのかわからない理屈で反論され、正しさは「思想の強さ」として揶揄され、他人に期待しないことが重要という諦念に満ちたアンガーマネジメントだけが自分を守る術になってしまう。「直線を譲らないことが、まっすぐに歩くことではない」という素朴でお人好しとも言える感覚に、今の自分はもう一度立ち返ることはできるんだろうか、と思った。
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