
euy
@euy
2026年9月13日
偶然性・アイロニー・連帯
R.ローティ,
山岡龍一,
齋藤純一
読んでる
第3章 リベラルな共同体の偶然性
私の主張に対して相対主義という批判があるかもしれないが、そもそも相対主義と絶対主義という区別が変なんだ、といいながら(←けっこう説明聞くと納得できる部分ではある)、めちゃくちゃ相対主義的な主張をガンガンしていく章であった。
どういう社会を目指すべきかっていうと、残酷さを減らすことだけを考えればよくて、道徳とか合理性とか普遍性なんてものは幻想で、偶然性を自覚して自由に詩的にやってけばいい、みたいな感じの話。
特に、道徳も偶然性によるものだっていう割り切った説明が、けっこう核心をついてる感じがして、個人的に好みだった。
「「非道徳的な行為」の核心的意味は、「われわれならやらない類のこと」である」
「道徳原理とはこのような慣行を思い起こさせるもの、短く言い換えたものであり、それを正当化するものではない。それはせいぜい、このような慣行に習熟するための教育的な補助にすぎない。」
「最高のレヴェルにある欲求になりうるものは、あまりにも抽象的で空虚なので調停の力などまったくもたない。」
全体的に東浩紀の主張に似てる感じがした。
第一部は全体で「偶然性」について繰り返し繰り返ししつこく説明されてて、何となくローティの言いたいことの雰囲気が多少は感じとれた、ような気がした。
