偶然性・アイロニー・連帯

偶然性・アイロニー・連帯
偶然性・アイロニー・連帯
R.ローティ
山岡龍一
齋藤純一
岩波書店
2000年10月26日
31件の記録
  • euy
    euy
    @euy
    2026年9月21日
    第9章 連帯 →1冊全部読み終えた😎!! 第9章で書かれてたのは、 ◯連帯とは、伝統的な差異(種族、宗教、人種、習慣、その他の違い)を、苦痛や辱めという点での類似性(「苦しみのですね」)と比較するならばさほど重要ではないとしだいに考えてゆく能力、私たちとはかなり違った人びとを「われわれ」の範囲のなかに包含されるものと考えてゆく能力である。 ◯残酷さこそが私たちのなしうる最悪の事柄だというリベラルの主張を擁護する、いかなる中立的な途すじもない。かといって、そのほかの考え方を支持する中立的な途すじもまた存在しない。私たちはいま私たちがいるところから出発するしかない。 基本的に、大枠は「訂正可能性の哲学」で解説されていた以上のことは書かれてないような感じがした。(ので、ローティの主張自体については、「訂正可能性の哲学」を読んで理解するので足りた。) けどまあ、時間をかけて読み進めることによって、より自分の血肉にできたよーな気がしたので、読んでよかった、かな。 本書を通じて、「偶然性」「外側から客観的に見ることはできない」ってのがひたすら何度も強調されてて、それを読んでるうちに、そういえば自分が子どものころ、自分が自分であることの偶然性や、自分の視点でしか世界を見れないことに恐ろしさを感じたなあってのを思い出した。結局そこから始めるしかないってことなんよね。
  • euy
    euy
    @euy
    2026年9月21日
    第7章 カスビームの床屋 第8章 ヨーロッパ最後の知識人  特定の人びとが特定の他の人びとに対してどのように残酷かを見るのに役立つ(自らがいっそう残酷でなくなるのに手助けとなる)書物として、第7章でナボコフが、第8章でオーウェルが紹介されてる。  ちょうどオーウェルの1984年を読んで予習したので、第8章は楽しく読めた。でもなにが言いたいのかはちょい難しかった。 ◯全てはたまたま起こったこと。ヨーロッパが仁愛の感受性や共通の人間性を讃え始める社会になったのも、1984年のオブライエンの寡頭制集団主義も、人間の本性がそうだからそうなったのではなく、どちらも偶然そうなっただけである。 ◯オブライエンは、二重思考の発明前の時代に生きていたら、アイロニストだっただろう。ヨーロッパ最後のアイロニストであると考えることもできる。そして、オブライエンがそうなったのは、人間の本性や必然的な真理によってではなく、単なる偶然の事実の積み重ねによってそうなっただけである。 ってことが書かれてたけど。 オブライエンがアイロニストて偶然の産物という解釈って、それこそディストピアすぎる。 アイロニストな人でも、偶然の成り行きで残酷になっちゃうから、みんな気をつけようね!ってこと??
  • euy
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    @euy
    2026年9月20日
    第5章 自己創造と自己を超えたものへのつながりーープルースト、ニーチェ、ハイデガー ◯理論は人間の連帯よりむしろ私的な完成のための手段になった。 ◯相対性や偶然性を表現するためには、理論よりも小説の方が安全・確実な媒体である。プルーストをみればわかるように。 ◯ニーチェやハイデガーは、アイロニストだったけど、最後は、自らによる再記述が成功をおさめ、後世のだれも自分を凌駕することはできない、と言いたいという欲望に負け、形而上学者になってしまった。  (人間は、自分が特別だと思いたがるものやからなあ。) 第6章 アイロニストの理論から私的な隠喩へーーデリダ ◯後期のデリダは、哲学的な思考を私事化し、それによって、アイロニズムと理論化とのあいだの緊張を取り去った。 ◯プルーストが彼自身の生涯の物語に対して行ったことを、デリダは哲学の歴史に対して行った。  (絵葉書についてけっこう詳しめに解説されてて、おもしろそうって思った。「形而上学者たちが後代に手渡そうと望む普遍的な公共的真理と同じように、子どもは死や有限性を逃れる一つの仕方だと伝統的に考えられてきた。しかし、子どもや後につづく世代の哲学者たちは、父殺しや母殺しをおこないがちである。デリダが「少なくとも死がぼくたちだけから訪れるよう力をかして欲しい。一般性に身を委ねてはならない」と書きとめるのは、そのためである。」)
  • euy
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    @euy
    2026年9月19日
    第4章 私的なアイロニーとリベラルな希望  形而上学者とアイロニストを比較する章。  「形而上学者は◯◯である。他方でアイロニストは◯◯である。」という具体的な比較を、ひたすら怒涛のように40ページかけて挙げていく。  「形而上学者のここが間違っている!」みたいな形而上学者的な主張はせずに、ただ単にひたすら比較を羅列して、「アイロニストの方が魅力的じゃない?」とアイロニストらしい手法で提案してるのがおもろい。 形而上学者の考え ・客観的に正しい真理がある。 ・言語は、正しい真理を言い表せる正しい言語に収斂していく。 ・真理は発見するもの。 ・道徳の動機づけは理屈で説明できる。合理性、神への愛、真理への愛を追求していくことで解決できる。 ・「なぜ残酷であってはならないのか?」という問いに答えを与えることが必要。 アイロニストの考え ・言語は偶然による歴史の産物にすぎない。 ・正しい言語はないし、収斂もしない。 ・私たちは偶然性・歴史性を逃れて客観的に言語を比較することもできない。自分に与えられた立場の内側からみえる範囲で比較して、頻繁に再記述することしかできない。 ・真理は、再記述していく中で創造されるもの。 ・私たちは苦痛を想像し、それに共感することでしか連帯できない。それは理屈で説明できるものではない。 ・再記述の営みのためには自由が大事。自由が大事ということは、理屈で説明できるものではなく、歴史的事実によるとそうなるというだけである。 ・リベラル・アイロニズムの文化の中では文学が大きな役割を果たす(→7章8章をみてね)。
  • euy
    euy
    @euy
    2026年9月13日
    第3章 リベラルな共同体の偶然性  私の主張に対して相対主義という批判があるかもしれないが、そもそも相対主義と絶対主義という区別が変なんだ、といいながら(←けっこう説明聞くと納得できる部分ではある)、めちゃくちゃ相対主義的な主張をガンガンしていく章であった。  どういう社会を目指すべきかっていうと、残酷さを減らすことだけを考えればよくて、道徳とか合理性とか普遍性なんてものは幻想で、偶然性を自覚して自由に詩的にやってけばいい、みたいな感じの話。  特に、道徳も偶然性によるものだっていう割り切った説明が、けっこう核心をついてる感じがして、個人的に好みだった。  「「非道徳的な行為」の核心的意味は、「われわれならやらない類のこと」である」  「道徳原理とはこのような慣行を思い起こさせるもの、短く言い換えたものであり、それを正当化するものではない。それはせいぜい、このような慣行に習熟するための教育的な補助にすぎない。」  「最高のレヴェルにある欲求になりうるものは、あまりにも抽象的で空虚なので調停の力などまったくもたない。」  全体的に東浩紀の主張に似てる感じがした。  第一部は全体で「偶然性」について繰り返し繰り返ししつこく説明されてて、何となくローティの言いたいことの雰囲気が多少は感じとれた、ような気がした。
  • euy
    euy
    @euy
    2026年9月12日
    第2章 自己の偶然性  自己の偶然性について語っている章だが、人生論みたくなってる。そしてやたらリアリスティックで説得力がある。 ◯フロイトマンセー。人間には本来、普遍的な道徳とかなくて、「個人の過去の特異な偶然」が原因となっているだけである。   ◯ニーチェの超人のような生き方(だれにも左右されへん生き方)はあり得ない。人は、再記述されていない過去に大きく寄生するし、まだ生まれていない世代の好意に大きく依存する。 ◯完成する仕事などあり得ない。「ただ再び織りなされるべき網状のもの、つまり時とともに日々拡張する網状のものが存在するからである。」 ◯「私たちは、あらゆる人間の生を、右に述べたようなつねに未完成なものだが、ときとしてヒロイックでもある網状のものを、繰り返し織りなしているのだと考えることで、満足すべきなのである。」
  • euy
    euy
    @euy
    2026年9月7日
    第1章 言語の偶然性  タイトルどおり、言語は偶然のものだ、という話。  前提知識がないと読み進めるのがちょっと難しかったけど、いろいろ調べながら読むと理解が深まった。ドナルド・デイヴィッドソンのメタファーの議論についてのローティの説明が意外とわかりやすかった。 ◯世界に真実があって、それをある言語がよく言い表す、というのではない。そうではなくて、言語によって、真実が作られるのだ。「世界は話さない。ただ私たちのみが話す。」(←かっけー) ◯そして、その言語は、偶然の産物にすぎない。ある言語ゲームから別の言語ゲームに変わるのは、議論の結果でも意志の行使でもない。「次第に或る言語を使用する習慣が失われ、そして次第に他の言語を使用する習慣が獲得された」だけのことにすぎない。 ◯そして偶然の産物にすぎないのは、言語だけでなく、良心も同じ。次章に続く。
  • euy
    euy
    @euy
    2026年9月4日
  • euy
    euy
    @euy
    2026年9月1日
    ふふふ😎 税込5280円もしたぞ。 表紙の平成初期感……!
  • い。
    い。
    @hon_i_read
    2026年8月28日
    ローティが主張する偶然性は、世界・自己・社会には、歴史を超えた必然的な本質や基礎があると考える必要はない、ということで、そこからアイロニーが導かれていく つまり、自分自身の語彙や自己理解についても、それを最終的なものとして絶対視しないのがアイロニストということになるけれど、この私的な自分というものと、公的な自分は切り離して考えられる ローティは、残酷さを減らすことを社会の重要な役割だと考えていて、そのために私的/公的な自分を切り分けて保ったまま、文学等から苦痛や屈辱を想像することを学び、連帯していくべきだと言う その主張自体はとても理解可能なのだけれど、説明をしていけばしていくほど、アイロニストである以上、断言が難しく、弱い説得力になってしまうように思った また文学との接続も、必ずしも主張を強く保証する説得力を感じられず、論理性を主張しづらいアイロニストのジレンマを感じた それでもそこに書かれていることは、物事が必然的であることへの疑い、自分の思考への疑いを私的には持ちつつ、公的には残酷さを減らす連帯をしていくべき、ということであって、とても主張は明快で、面白く読んだ
  • 螺旋木馬
    螺旋木馬
    @hysnby
    2026年7月28日
  • 高橋
    @takaryo
    2026年7月28日
    一般意志2,0で内容に触れてからずっと読みたかった、やっと読めた とりあえず、メタファーに賭けていく 再記述へのオブセッションは自分に欠けているが、僭越ながら、強い詩人の恐れ、は少しは抱いている 僭越ながらは誰への謙譲なのかわからない、自分に向けてこの感想を書いているのに メタファーの創造が出来たらどれほど気持ちいいのかしらね 手紙、しかも恋文、それはなにより私的なメタファー、しかも交換であり、飛躍を伴い、そして誤配を恐れないような、 岩井俊二の手紙の扱い方が気になったので見ようね、何も印象がないどころかラブレターもラストレターもあらすじすら思い出せません ルソーは憐れみを人間の本有的特性として捉えてたのかな??それも読まなきゃダ 自重=献身 ではなく自重、そして献身の両立ということなんです、 あくまでも知識人、そうでなくともこの本を手にするような人に向けて書かれているな 残酷さの現れた物語を読み、われわれの感性を広げていくのは、要は本を手にする人間? 詩人に偶然なりえていない人々との関係はどうなる?? いやでも、よい(と後にされる)メタファーは結果的に広がるのだし、うーん、偶然を受け容れながら、啓蒙に賭ける??うーん しかしとにかく、偶然に賭けるという考えは、私にとって、まさに役に立つものだぜ!!!
  • ウプサラ
    @uppsala
    2026年7月4日
  • ふる
    @kenken63
    2026年7月3日
  • よっぴ
    よっぴ
    @yoppi
    2026年6月7日
  • あんり
    @anrimaru
    2026年3月28日
  • chein
    chein
    @chein9
    2026年1月11日
  • 茅野
    茅野
    @mizuumis
    2025年11月26日
    寝落ち用になってしまっているので内容はよくわかっていないが、プルーストとナボコフを扱っているのでたぶんちゃんと読んだ方がいいんだろうな
  • DN/HP
    DN/HP
    @DN_HP
    2025年11月1日
  • AIME
    AIME
    @aime2nd
    2025年7月9日
  • タイラ
    タイラ
    @mega-man_book
    2025年5月27日
  • 冷水
    冷水
    @qd0bp
    2025年4月24日
  • DN/HP
    DN/HP
    @DN_HP
    2025年4月7日
  • らっパル
    らっパル
    @rapparu
    2025年4月7日
  • semi
    semi
    @hirakegoma
    2025年4月6日
  • USA
    USA
    @usastreet
    2025年3月6日
    読書会 24/2/17〜
  • hmmtnrtm
    @hmmtnrtm
    2025年3月6日
  • みゆこ.~.
    みゆこ.~.
    @miUiko
    1900年1月1日
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