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2026年9月14日
長い一日
滝口悠生
本と日記のある過去
「八朔さん、川に行く」を読みに、わたしも、川に行く。
「私はその日のことを忘れないだろう。話す気もないある日のことを忘れないというのは変なことかもしれない。私の人生を過去から未来へ流れるようなものとしてここから眺望するとき、どこかに引っかかってその流れを少しだけせき止める流木のようなものだ。あそこに見えているような。」
わたしにもそんな日があっただろうか、と考えてみれば思い出される日がたしかにあって、それは人に話す気がないというか、話すほどのことでもないというか、もしかしたら何かのタイミングで話してしまうかもしれないけれど、今はわたしだけが憶えているわたしだけのある日。ここから見える川には見当たらないけれど、流木がたしかにその周辺の流れにわずかな変調をもたらしているように、わたしの人生にもたしかに変調を与えた、今この場所に辿り着かせた、と改めて考えてしまえば、そう言えてしまうかもしれない一日。
「八朔さんは日記をつけていないから、それがいつの一日だったのかはっきり思い出せない。いつだかは思い出せないが、たぶんその一日のことは忘れないし、これから先誰かに話すつもりもない。」
わたしも日記をつけていないから、それがいつの一日だったかははっきり思い出せないけれど、そのとき見たものや感じたこと、それにそのとき嗅いだ香りを今鮮明に思い出せて、少し驚いた。この小説のことを考えたり思えば、やはりまた思い出さずにはいられないだろうその一日のことは多分忘れないし、今のところは誰に話すつもりもない。そんなことを考えた今日という一日もまた忘れない、夏の陽射しと秋の風を同時に感じたような心地よさや、空の青さと雲の白さ、久しぶりに腰掛けた木のベンチの感触、そこで読んだ数頁と一緒に忘れたくない、と愛おしく思う。










