CHIHIRO "ワーカーズ・ダイジェスト (..." 2026年9月13日

CHIHIRO
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@andc_chihiro
2026年9月13日
ワーカーズ・ダイジェスト (集英社文庫)
気弱に見られる人だって怒る。ただ、自分がアホなのかな、ダメなのかな、相手の言い分もまあ一理あるしな、と思って、その場で怒りを認識できないだけ。そして後になって猛烈に腹が立ってくる。 そんな主人公、奈加子の心理描写のキレに惹き込まれた。とんでもなく腹立たしいだろうと共感しつつ、その描写のあまりの軽妙さに思わず笑ってしまう。エッセイに表れる津村さんの大真面目な自己批判が醸す滑稽さがたまらなく好きなのだが、奈加子の心情描写のおかしみは、エッセイのそれと同じ種類のものだ。津村さんのものの見方が価値観が本当に好きだなあとあらためて思う。 もう一人の主人公、重信もまた、自分の気持ちや願望をあまり示さない。ただその理由は奈加子とは少し違っていて、そもそも感情や欲望に回すエネルギーを失っているからだ。それらを仕事の理不尽やマッチョなメンタリティにかき回されるのが嫌で省エネモードで生きていたら、それがデフォルトになっていた、という印象を受けた。 奈加子と重信にはいくつもの共通点がある。しかし恋愛関係には発展しない。名字と生年月日という、それだけで急接近してもおかしくない共通点がありながら、出会って以降どちらからも連絡を取らない。二人の視点で交互に語られる物語を読む読者は、名字と生年月日以外にも、音楽や食の好み、建築に関心があるなどの共通点があり、何よりふとしたときに互いを思い出し合っていることを知る。そして、二人がそれを知ったとしてもなお、自ら近づこうとしない人間だということも、読み進めるほどにわかっていく。二人の距離感のもどかしさと納得感に唸ってしまう。 しかし物語終盤、奈加子も重信も、自己主張上手が何かと優勢な世の中に、不器用でちっぽけな抵抗を見せる。割を食い続けることに対する、ささやかだが明確なNOを胸に秘め、自分の尊厳を守る姿に共感と勇気をもらえた。二人を細く、でも確かにつなぐ一番の要素は、地味だが芯のある強かさだ。二人に幸あれ、と心から思いながら本を閉じた。 冷淡で不安定な現状を仕方ないと受け入れ、今ある幸せを探してご機嫌でいるスキルも必要だとは思う。だけどこの現状はおかしい、自分だけじゃなくて他人や社会、世界もおかしい、という批判的な気持ちを否定しない、捨てないことも必要だとも思う。クソみたいな現実を受け入れて思考停止ポジティブに逃げるのではなく、甘んじつつもどこかで批判的な姿勢を持ち続ける。そのバランスの上に「良くもないけど、悪くもない。特に幸せではないけど、不幸でもない。」(p158)という満足を成り立たせたい。その先で出会う人とは、損得や欲望によらない関係を結べるように思う。
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