
頑な鰯
@katakuna_iwashi
2026年9月15日
増補 ネガティヴ・ケイパビリティで生きる
朱喜哲,
杉谷和哉,
谷川嘉浩
読んでる
@ 電車
p.93-「閉鎖的な物語を生きざるをえない人たち」
読み進める中で共感した箇所について書く。
私の解釈と言葉も入る。
・陰謀論を唱える人を「閉鎖的だ」と批判することについて。その論説は、自らを「開放的」と位置づけることにより安心できるため、二項対立的な議論に陥る可能性があり、危うさを残す。
・議論の妥当性を丁寧にチェックすることも必要だが、当事者の事情や渇望(そうならざるをえなかった背景)に焦点を当てることも、同じくらい大事。
・人種やジェンダーのマイノリティは、アクティビストやフェミニストでインフルエンサー的な位置の人もいるし、その主張が政策に反映されることもあるから、必ずしも「弱い」とは言えない。ただ、知的障害、発達障害や精神疾患は、当事者たちが活動に発展させづらいため、インフルエンサーのような人が出てきにくい。そのことが話を聞かれない、蔑ろにされるという怒りを生むことになる。
(所感)
・「話を聞かれない当事者」に焦点が当たることは非常に重要。例えば、いのちの党の天畠代表や木村議員は、障害を持つ当事者が表舞台に出ている例といえそう。
・映画『私の中のあなた』で、がん患者だけが参加できるパーティの開催が描かれた。話を聞かれない、表に出てきにくい人たちが、コミュニティを形成する一例といえそう。
・マイノリティは本当にマイノリティか?弱者は本当に弱いか?弱いとして、何が弱いのか?