阿久津隆 "鉄の胡蝶は" 2026年9月3日

阿久津隆
阿久津隆
@akttkc
2026年9月3日
鉄の胡蝶は
鉄の胡蝶は
保坂和志
3日前くらいから枕元にありながら、どうしてか、今日じゃないだろう、今日じゃないだろう、と先延ばしにして、フォークナーを読んでいたが、今日からだ、と思って保坂和志の『鉄の胡蝶は』を始めた。 p.7,8 私は妻と府中のお寺に六年前の今日の夜、その日私は前日から一泊で友達何人あと札幌に山下澄人がまだそのときには小説は書いていなかった、彼は劇団フィクションの主宰で作・演出をしていた、彼は劇団とはまた別に札幌で演劇のワークショップをしてもいたそのワークショップ参加者とフィクションの団員とでつくった芝居の公演を六月二日に観た、翌日の三日は友達何人かと市内を観光というほどでなくうろうろした、イサム・ノグチが造ったという小山は登った、それ以外は飲み食いしていた、そして羽田に五時すぎ頃着いた、羽田でたしかビールを一杯ぐらい飲んで八時すぎにあと二分で家に着くというとき獣医の先生から携帯に電話がかかってきた、先生は預けていたピースが危篤だと私に言った。 こう始まってすぐに、ああ、保坂和志を読んでいる、といううれしい満たされるような気持ちになって、保坂和志がNHKの猫の番組に出ていたのを見たのはまだ調布の前、元代々木にいたころで多分コロナ隆盛の時期で、そこで原稿用紙を前に小説を書いていくのはサッカーをやっているみたいなことだと語っていたのがずうっと残っていてそれを見たとき僕はサッカーを見るようになる前だったけれどサッカーを見るようになってからそれがよりよくわかる感じがしてあっちにパスを出そうとして動きをキャンセルして別のパスコースを探すとか、パスして、戻して、パスして、戻して、とやりながら相手のズレを探してラインブレークを狙うとか、ディフェンスラインからパスでつなぐかと思ったらぐっとキャリーして前進していくとか、そういう感じがあって誰の文章を読んでいるときよりもワクワクする。
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