🌜🫖 "無意識のバイアスを克服する" 2026年9月13日

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@gn8tea
2026年9月13日
無意識のバイアスを克服する
無意識のバイアスを克服する
ジェシカ・ノーデル,
高橋璃子
第1章 バイアスの追跡者を読んだ。 「善意の人がバイアス行動をとってしまうときに頭のなかで何が起こっているのか、その正確な仕組みはまだ論争の渦中にある。ひとつ言えるのは、意図しない連想や充分に自覚していない考えが何らかの形で組み合わさり、異なるジェンダーや人種、民族、宗教、年齢、能力、性的指向の人々に対して、たとえ平等な価値観を持つ人であっても差別的な行動をとる場合があるということだ。そうした行動は、自分自身の価値観とぶつかりあう。これが実は大事なところだ。自分の言動が人を傷つけてしまったと気づいたとき、私たちは居心地の悪さや罪悪感を覚える。内なる良心のささやきと言ってもいい。そこにこそ、バイアス行動を変えていくための突破口がある。」 わたしが『モモ』のベッポに憧れ、見習いたいと思う理由のひとつは、まさに咄嗟の言動にバイアスが表れてしまう経験を何度も──というかほぼ毎日──してきたからだ。発言した1秒後には「間違えた」と気づくことも多いが、口から出た言葉は取り消せない。だからベッポのように、反射的な言動を慎み、つねに慎重に、じっくり考えた上での反応しかしたくない。その態度を貫くにもまた訓練が必要であり、おしゃべりなわたしにはとても難しいのだけれど。 じぶんの偏見に気づき、向き合い、ほどいていく作業を何年積み重ねても、刷り込まれたバイアスや差別意識は恐ろしく強固で、ふとした瞬間に露呈してしまう。でもこの本にも書かれているように、そうして表れてしまうバイアスや差別意識は決して「本心」なんかではない。家を出るとき無意識に鍵をかけているように(そしてその記憶がなく「今日鍵かけてきたっけ?」と度々不安になるように)、生まれた瞬間から刷り込まれ続けてきた価値観であり、思考や言動の習慣・クセのようなものだ。もちろんどんな理由であれ差別は他者を傷つけ殺す。ただ、差別的言動をしてしまったひとが全員差別的な価値観を支持しているわけではないと心に留めておくことは、特にマジョリティ属性の多いわたしには必要なことかもしれないと思った。全く支持も共感もしないのに無意識に言動に表れてしまう、長年刷り込まれクセになってしまった価値観、それはポロリと出た「本音」なんかじゃない。即座に相手を差別主義者だと断罪するのではなく、同じ過ちを繰り返してきたマジョリティとして、指摘し合い、ケアし合いながら、無意識のバイアスといかに向き合っていくのか。続きを読み進めるのが楽しみ。
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