遠景 "せいいっぱいの悪口" 2026年9月16日

遠景
@gegegegebebebebe
2026年9月16日
せいいっぱいの悪口
「ほんとうは、世界はもっと、複雑であってほしいと思う。平和であれ、と願う、そういう世界の一番大きなところはもっとずっと、単純でいい。いつか、もしそういうことを、もうだれも願わなくていいような世界が訪れるなら、わたしはもっと、世界の細部が複雑であることを所望したい。何度でも、飽きずに知らない路地裏を見つけて喜びたい。とんでもなくカラフルな毛虫を見て、ギョッとしたい。寂れた公園にある、変な遊具。知らない街路樹の名前。指さして、名前を確認して、ゆっくり歩く。自転車でも一輪車でもいい。笑ったまま大きく口を開いて、ほらここ、歯が欠けてる、もうずっとそのままにしてるんだと言って、そのことをだれかと分け合いたい。それがだれであるかは、さして問題ではない。日々のつまらなさに呆れて、すべては知っていることの繰り返しで、だからこの目の前の躑躅の色を、覚えていたい。落ちている花弁の数と、ここにあったはずの前髪を散らすほどのささやかな風。だれも話してくれないなら、わたしがだれかに話したい。急いでここまで漕いできたから、スーツのジャケットが暑い。弁当箱が空になった分、リュックは朝より軽い。信号が青になった。」堀静香『せいいっぱいの悪口』pp.195-196 一番好きだった部分。一部分を切り取ると堀さんのエッセイのよさが目減りしてしまう気もするので全部まるっと読んでほしい。エッセイ全体に散りばめられたばらばらの要素が、文章のなかで縒り上げられ、同じ向きに揃えられ、今の目の前の現実に収斂していく。堀さんの文章は、どこかで小さく時間を約めるようなところがあって、キュッと世界が摘ままれてところどころクリップだらけな感じがする。もっと堀さんの文章を読んでみたい。まだ読んでいないエッセイ集があるというのも嬉しくて、歌集も買いたいと思っている。
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