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2026年9月18日
読み終わった
クィア・プライドには触れるくせに、非バイナリーな存在は想定せず、一貫してバイナリーなのは読んでいてモヤモヤした。
それ以外はとても良い本でした。何度も読み返したい!
著者は職場がたまたまフィンランドで、子供がフィンランドの教育を受けているだけ。と言っているが、それでも、フィンランドの教育はすごいなと思ってしまった。「人権が当然に守られるべきだ」と理想論ではなく当然に実行されているところが、読んでいてクラクラした。当たり前のことが当たり前に大切にされないってつらい。
何度も読み返したいところ
"もしユキが私に「健常者しか大学で働けないって決まってるの?」と質問されたら、私はきっとこう答える。そんなルールはないけれども、健常者にだけ有利なように、大学という場所やそこでの働き方を作ってしまっているから、結果として健常者しか働けないようになっている、と。"
「健常者」のような特権性の存在や、社会のつくりかた自体に問題があるんだよ、と説明するのにとてもわかりやすい説明だと思った。
日本の親が、「子供に自分の面倒をみてほしい」と感じ、子供に対して働きかける呪詛「結婚しないのか」が、個人の人格によるものではなく、日本社会のつくりかたが親がそうなるように仕向けているのだと納得できる説明もあった。(173ページ 母ちゃんの説明)
"「中国人」と言われて「中国人じゃありません」と言うのは、問題にすべきものを見過ごしてしまっている。他人を「なんとかじん」と呼ぶ行為によって、誰かを自分たちとは違う何者かであるというラベルを貼ることが問題なのであって、そのラベルに何が書かれているかを問題にしてはならない。"
まったくそのとおりだ。差別について、のどまでつっかかって出てこなかった説明が、この本ではたくさん出てくる。
私の経験では、マジョリティ側にいる者が、マイノリティを、「自分とは違う世界で生きているなにか」であると線引きをして、差別したことや尊厳を踏にじられていることを「たにんごと」に押し込めようとする。
でもほんとうは、マジョリティがマジョリティのためだけにつくった慣習、制度、社会のしくみが、マイノリティを排除している。それが問題なのに、「自分とは違う世界の生きているなにか」に線引きをすることで、差別が起きていること自体から目を逸らされている、と頻繁に感じる。そんなことを考えた。
著者の語る子供たちのエピソードのなかで、保育園にレイシズム発言を移民の子に連発する子がいた話が好き。気になるかたは読んでみてほしい。
"多様性を保障するというのは、人権が認められていない人と認められている人がいて、認められていない人にも人権を認めよう、という発想に基づいてはいけない。だれかには人権が認められていて、他の人々に認められていない、などということがあってはならない。多様性を当たり前にしているのは、そのような不平等があってはならないという前提だ。"
「あってはならない」←ここ大事
パレスチナの国家承認、私は話すべきはそこじゃないと思っている。パレスチナを非人間として扱い民族浄化をする前提で成り立っている国を解体するべきだ。
すでに持っている側が、奪われている側に対して、「認めてあげよう」とするのは傲慢だ。「すでに在る」のだから。
とにかくめっちゃ読んでよかったです。ぜひ読んでみてほしい。

