
句読点
@books_qutoten
2026年9月18日
読み終わった
昨日の読書会の前に一気読み。とてもわかりやすかった。この本を読んでいたから、原書を読むときにも迷子にならずに読み進めることができた。(といってもまだプロローグと第1章を読んだだけだが)
以下読書メモ。
「全体主義」がなぜ、どのようにして生み出されるか、ということを中心的テーマとして考え続けたアーレント。
どうすれば全体主義体制を生み出さずにいられるか、ということを考え続けた。
アーレントが最も重要だと考えたのが、人間は一人一人全く異なる個性を持つという性質である「複数性」という概念。
全体主義体制下ではイデオロギーによって人々の複数性が失われ、画一化されてしまう。そこからは人々の連帯の動きも封じられてしまう。
人々の画一化は全体主義体制でない国でも起こりうる。資本主義経済体制のなかでは「人材」という言葉に端的に示されるように、人々は交換可能な存在として扱われてしまう。
『人間の条件』は、古代ギリシャにまで遡りながら、人々の複数性がどのように抑圧されてきたかの形成過程を探る本。
人間の複数性が発揮される状況を明らかにするために、彼女は独自の概念を用いて人々の活動を分析した。
人間の活動的生活を「労働(labor)」「仕事(work)」「活動・行為(action)」の三つに分類。活動的生活(vita activa)とは人間が自分以外の事物と関わりながらそれに何らかの影響を与えるようなあり方。つまり「働く」とはどういうことか?を分析した本。
「労働」は人間の生命維持のために強制される営為のこと。労働によって作り出されるものはすぐに消費される。古代ギリシャにおいてはこの労働は奴隷や女性たちにやらせて、家長はなるべくこの労働に関わらないことが「自由」であると考えられていた。
「仕事」は人工物を作る営み。消費物ではなく耐久性のあるものを作ること。
「活動」は他者に対して何らかの働きかけを行うこと。自らの個性を発揮する営み。人間と関わることで、具体的な物は「活動」によっては生み出されない。
古代ギリシャにおいては「労働」が行われる私的領域と、「活動」が行われる公的領域は明確に区別されていたが、時代を経るにつれてこの境界がなくなっていった。そして、「社会」という領域が出現するようになった。
国家が私的な財産のことも管理するように。
資本主義経済が発展するにつれて、「労働者」も生み出されるようになった。
人間のほとんどの活動が「労働」になっていくと、人々の画一化が進み、全体主義体制に近づいてしまう。
どのように一人一人の「複数性」が損なわれないような社会が作れるだろうか。
「複数性」を発揮できる公的領域をどのように維持するか。
昨日の読書会のような場はまさにそうした試みだったのではないか。
本屋という空間もその意味でとても重要な役割を持つはず。
原書を少しずつ読み進めたい。
