
euy
@euy
2026年9月19日
偶然性・アイロニー・連帯
R.ローティ,
山岡龍一,
齋藤純一
読んでる
第4章 私的なアイロニーとリベラルな希望
形而上学者とアイロニストを比較する章。
「形而上学者は◯◯である。他方でアイロニストは◯◯である。」という具体的な比較を、ひたすら怒涛のように40ページかけて挙げていく。
「形而上学者のここが間違っている!」みたいな形而上学者的な主張はせずに、ただ単にひたすら比較を羅列して、「アイロニストの方が魅力的じゃない?」とアイロニストらしい手法で提案してるのがおもろい。
形而上学者の考え
・客観的に正しい真理がある。
・言語は、正しい真理を言い表せる正しい言語に収斂していく。
・真理は発見するもの。
・道徳の動機づけは理屈で説明できる。合理性、神への愛、真理への愛を追求していくことで解決できる。
・「なぜ残酷であってはならないのか?」という問いに答えを与えることが必要。
アイロニストの考え
・言語は偶然による歴史の産物にすぎない。
・正しい言語はないし、収斂もしない。
・私たちは偶然性・歴史性を逃れて客観的に言語を比較することもできない。自分に与えられた立場の内側からみえる範囲で比較して、頻繁に再記述することしかできない。
・真理は、再記述していく中で創造されるもの。
・私たちは苦痛を想像し、それに共感することでしか連帯できない。それは理屈で説明できるものではない。
・再記述の営みのためには自由が大事。自由が大事ということは、理屈で説明できるものではなく、歴史的事実によるとそうなるというだけである。
・リベラル・アイロニズムの文化の中では文学が大きな役割を果たす(→7章8章をみてね)。
