euy "偶然性・アイロニー・連帯" 2026年9月20日

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@euy
2026年9月20日
偶然性・アイロニー・連帯
偶然性・アイロニー・連帯
R.ローティ,
山岡龍一,
齋藤純一
第5章 自己創造と自己を超えたものへのつながりーープルースト、ニーチェ、ハイデガー ◯理論は人間の連帯よりむしろ私的な完成のための手段になった。 ◯相対性や偶然性を表現するためには、理論よりも小説の方が安全・確実な媒体である。プルーストをみればわかるように。 ◯ニーチェやハイデガーは、アイロニストだったけど、最後は、自らによる再記述が成功をおさめ、後世のだれも自分を凌駕することはできない、と言いたいという欲望に負け、形而上学者になってしまった。  (人間は、自分が特別だと思いたがるものやからなあ。) 第6章 アイロニストの理論から私的な隠喩へーーデリダ ◯後期のデリダは、哲学的な思考を私事化し、それによって、アイロニズムと理論化とのあいだの緊張を取り去った。 ◯プルーストが彼自身の生涯の物語に対して行ったことを、デリダは哲学の歴史に対して行った。  (絵葉書についてけっこう詳しめに解説されてて、おもしろそうって思った。「形而上学者たちが後代に手渡そうと望む普遍的な公共的真理と同じように、子どもは死や有限性を逃れる一つの仕方だと伝統的に考えられてきた。しかし、子どもや後につづく世代の哲学者たちは、父殺しや母殺しをおこないがちである。デリダが「少なくとも死がぼくたちだけから訪れるよう力をかして欲しい。一般性に身を委ねてはならない」と書きとめるのは、そのためである。」)
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