たま子 "長い一日" 2026年9月20日

たま子
たま子
@tama_co_co
2026年9月20日
長い一日
長い一日
滝口悠生
サンダーバードと北陸新幹線を乗り継ぎ日帰り金沢旅へ。「週末雨上がって〜夢はサンダーバードで」とフジファブリックがあたまのなかで流れている。昼、洋食だいだいのハントンライス。想像していたよりさっぱりしていておいしい。金沢21世紀美術館で『歩く、とどまる展』、『ともにある風景展』。牛島均さんとさわひらきさんの映像インスタレーションがとてもよかった。美しい珠洲の風景と詩を通して、その場に息づく記憶や時間が映し出される。歩いて、立ち止まって、座り込んで、壁や布や床の鏡から流れ過ぎてゆく景色と言葉をぼーっとながめる。そのあと、石浦神社、鈴木大拙館、寿司屋人人、6 APARTMENT COFFEEへ。金沢の街からたっぷり刺激を受けてふくふくした帰り、金沢駅前で子どもたちの和太鼓演奏があり何気なく立ち止まって聴いただけなのに、腹に響く音の迫力におもわず涙。さいきん子どもが何かしているのを観るだけでわけもなく感動する。わたしも小学生の頃に和太鼓を習っていたことがあって、そのときは練習をさぼることばかり考えていたけど、なんだかんだ6年間もやっているとそれなりに叩けるようになっていたし、舞台に立っているとき、こんなふうにどこかの大人を泣かせたりしていたのだろうか。みたいなことをぽろぽろと思い出す。大人は涙もろくてこまる。行き帰りのおともは『長い一日』。ぴー太は新幹線のホームで買ったサーティワンのホッピングシャワーを座席に座りパチパチいわせながら食べていて、このとぼけた感じがときどき結構いいなと思う。 p28 何かを思い出せば言葉になり、その先には誰とはっきりしなくとも、誰かが宛て先らしく立つ。どんな楽しいことでも、思い出すという行為のなかには、必ず少しの寂しさがあって、当たり前だが寂しさは過去形のなかにしかないし、誰かに向ける言葉も過去形のなかにしかないが、過去がなければ幸せだと感じることもたぶんなく、寂しさも幸せも思い出す愛着の影、と絵手紙に書きたい二〇一七年でいちばん寂しい日だった。
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