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たま子
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@tama_co_co
猫と本と読書日記。 毎日なにかしらをつくる。
  • 2026年6月15日
  • 2026年6月14日
    マイケル・ジャクソン (講談社現代新書)
    貧困な黒人労働者家庭の9人兄弟の7番目の子どもとして生まれたマイケルは、父の夢を背負い8歳で舞台に立つなり、その非凡な才能とストイックすぎる鍛錬により瞬く間にスーパースターに登り詰め「キング・オブ・ポップ」として生きる。そんなマイケル・ジャクソンの激動の人生を夢中で読んだ。多くの誤解を受けながらも人々の夢として時代のアイコンであり続けるために、一人の人間がどれだけのものを失い、どれだけの悔しい思いをしてきたのだろうと想像する。そしてそれでも愛と自由を求めて表に立ち続けたミステリアスな存在に、多くの人々が魅了された。成すことのあまりの壮大さに圧倒されながらも、垣間見える繊細で不器用な人間性を愛さずにはいられない。この本に出てくる曲を順に流しながら読み、曲の変遷を感じながら同時代を生きたアーティストたちの曲も聴き、体系的に読んでいくのがとてもたのしい。聴きながら読むたのしみに目覚めてしまったうえに、家の本棚にはぴー太の集めた音楽本が結構な数あるので、こりゃジャンルごとに読めちゃうな〜とにんまりする。音楽でも美術でもスポーツでも何かひとつのジャンルを軸にして周辺を知ることで、その時代の輪郭がくっきりしてくるのはとてもたのしいことだよなと思う。夜、ゴーヤチャンプルを作り食べた後、ぴー太と『We Are the World』のMVを観る。マイケルと一緒にこの曲を作ったライオネル・リッチーってこんな顔の人なんだ〜などと本との擦り合わせをしながら、みんなの歌声を聴き、姿を知るのは一段とたのしい。
  • 2026年6月13日
    マイケル・ジャクソン (講談社現代新書)
    映画館で『Michael』を観る。初めてのIMAXレーザーの音と映像の迫力にどわあああと予告編の時点で大興奮。これでアクション映画やホラー映画みたらとんでもないだろうな。『Michael』の映画自体に思うところは良し悪しいろいろあるものの、まったくと言っていいほど触れてこなかったマイケル・ジャクソンという人物への興味は湧く。LIVE映像とか観てみよう。帰りに三条で、餃子と山椒ビール。締めのオイスター焼きそばがめちゃくちゃおいしい。映画を観てマイケルのことをもうすこしちゃんと知りたくなったという話をしていたら、ぴー太が前に買った本が家にあるよと言うので、でかした!となり、寝る前から『マイケル・ジャクソン』を読みはじめる。家族ひとりずつのこと、全盛期の混乱、少年虐待の検証、『THIS IS IT』の舞台裏なども書かれているので、映画ではどうしても尺や契約的に描けなかったであろう細部が見え、抱いていた家族像やマイケルへの見え方も変わってくる。これだけで知った気になるのもまた危険ではあるけど、入門としては十分におもしろい。
    マイケル・ジャクソン (講談社現代新書)
  • 2026年6月12日
    ダロウェイ夫人
    ダロウェイ夫人
    朝、ふとんのなかで『ドン・キホーテ』のつづき。シピがいい加減起きてほしいと顔を叩いてくるので起きて、猫のごはんやら朝の用事をもろもろ済ませてアーモンドミルクで割ったカフェオレを飲みながら制作。アーモンドミルク、コクがあっておいしい。これでヘルシーなのか?ほんとうか?とまだ疑っている。今日出しのしごとを終わらすと、途端にやる気がなくなり午後から休みにしてしまおうかと思うけど、夕方から長い打ち合わせの予定が入っているのを思い出し、それまでは本を読もうということにして『ダロウェイ夫人』。窓辺のソファに横たわり光のなかで読むのがいい。ピーターは皮肉屋でひとをよく見ている。あの夏のクラリッサ、サリー、リチャード、ヒューたちはピーターの記憶のなかではみんなどこかしら傲慢だったり俗物だったり鈍感だったりするのに、そこも含めて魅力的に見えるのは、ピーター自身が人間のもつ醜さそのものを実は愛しているからではないだろうか。というかわたし自身がそうありたいだけかもしれない。それにしても、ただ歩き見て考え思い出しているだけなのに、こんなにおもしろいのは何故なのだろう。ウルフはすごい。小説というものは本当にすごい。もっと読みたい。もっともっと読みたい。と思いながら読んでいる。打ち合わせ後、『恋せよまやかし天使ども』新刊も読み終える。ふたりがひたすらにかわいい。性格が悪いってかんじのこが出てこないのは令和の少女漫画の特徴なのかしらと思ったりする最近。
    ダロウェイ夫人
  • 2026年6月12日
    恋せよまやかし天使ども(7)
    ふたりがひたすらにかわいい。
  • 2026年6月11日
    ドン・キホーテ 後篇1
    ドン・キホーテ 後篇1
    起きてすぐ、茶会に誘われた日のスケジュールを確認すると、月のなかではこの日に出かけるのがベストと言うほど見事に制作スケジュールがぽっかり空いていた。これは行く運命にあるぞ、何事も経験!と言い聞かせ、えいやっと出席の連絡を送ってしまうと晴れ晴れしてきて、気分がいいと頭も冴えて制作もさくさく進む。緊張するのはもうすこし日が近づいてからでいい。はやめにしごとを切り上げて『ダロウェイ夫人』『あれは何だったんだろう』を順番に読む。今日はファスティングカレンダー的にはお粥のみの日だったけど、サブウェイのえびアボカドを食べる。最近バーガー系にはまっていてフレッシュネスバーガーが食べてみたい!と思うも、家の近くになくて断念。ということで初サブウェイ。あまりにも食事制限がダメすぎてもはや清々しい。ごまが入ったパンはサクサクふわふわでおいしく、えびはぷりぷりアボカドはとろとろ。サイドメニューのポテトは芋感が強くて、バーガー系のファーストフードのなかでいちばんすきなポテトかもしれない。とまで思う。あっという間に食べ終わる。夜『ドン・キホーテ』。ついに一行はドン・キホーテの想い人ドゥルシネーア・エル・トボーソ姫に会いに行く。でもそんな人物は実在しないので見つけられない、さあどうする。
  • 2026年6月10日
    先人は遅れてくる
    起きて、バナナスムージー。夜の間にきていた修正たちをどんどこ返す。想定していなかった急ぎの案件も次々きて昼ご飯を食べる間もなくあわてて準備して京都へ。駅の改札を出てすぐのコンビニで買った蒟蒻畑を食べながら向かう。お茶にまつわる本やカタログ、WEB制作の打ち合わせ。来月の茶会に誘われ、着物もなければ作法もほとんどわからない……と完全に怯んでしまい、スケジュールを確認すると言って誤魔化して帰る。帰りの電車で『パリのガイドブックで東京の街を闊歩する③先人は遅れてくる』を読み終える。友田さんが大野さんという方に「植物に関心を向けた方がいい。普段から、植物図鑑を買って眺めなさい」と言われたのに買ってすらいないという話のなかで、そうか、だから友田さんは歩いているとき、看板やコンテナや窓に目がいき、そこに問いを見つけ出しているのだな、と思う。何かを気にかけないということが、別のことを気にかけるへつながっているのだなという当たり前のことに妙に感動する。それならばわたしは大野さんの教えのとおり(会ったこともない大野さんの教えを受け継ぐというたのしみのために)植物図鑑でも買ってみようか。書店の図鑑コーナーで、ぴんとくる図鑑を探してみるのもいいかもしれない……などと考える。夕方、駅でぴー太と落ち合って回転寿司。ファスティング2日目にして軽くない夕飯を食べるという意思の弱さよ。反省すらしないから、いつまでたっても胃がもたれているわけだ。いやでも寿司は魚だからギリセーフなのか、軽めの食事というのがまだよくわからない。
  • 2026年6月10日
  • 2026年6月9日
    この音とまれ! 34
    最近、胃がもたれやすく常に重いかんじがするので、一週間でおわる軽めのファスティングとやらをやってみることにする。徐々に食べる量を減らして中日でスムージーのみの日が1日あり、また普段の食にもどしていくという流れ。ということで1日目。朝、バナナのスムージー。昼、しらすごはん。夜、野菜ごろごろミネストローネと焼き鮭とレタスサラダ。スムージー以外の食事は軽めがいいようだけど、これで軽くなっているのだろうか。まあいいか。はじめてだしゆるめに。引き続き漫画だけ読んでいる。『この音とまれ!』34巻、久しぶりの日常回。もうすぐ完結してしまうのがさみしくて、このままずっと先延ばしにしてほしいと思ってしまう。このくらいの巻数になると、出てくるひとみんなかわいい。みんなだいすき。となりがち。知っている物語の数だけ愛おしい居場所がある気がして心強い。
  • 2026年6月8日
    図書館の大魔術師(10)
    ーp98 「人はどこまで文化の柵に従って生きるべきなんだろう どこまでが合理的必然性で どこまでが取り払っていい価値観なのか 貧富とか 民族とか 男とか 女とかーーー」 「私は 人はもっと自由に生きられると思う」 「でもそれが行き着くと無秩序ーーー」 「…そう でも例えば道端で人に危害を加えることは その人の自由を阻害することになるでしょ? だから他者の自由を同時に確保した上で 人は自由」 「あなたの恋は誰かの自由を阻害するの?ーーーすると思うよ?どうやったって他者との関わりなわけだし……」 「…確かにーーーそれでも 想いを伝えることは自由なはずーーー…」 こういう哲学問答のような会話がそこかしこに散りばめられているところが、『圕の大魔術師』をとてもすきな理由のひとつで、毎巻かならず誰かと話してみたいテーマがある。そして第二章完!第三章もたのしみ、たのしみ。ここ数日いそがしかったり極端にやる気が出なかったりで本があまり読めない日々。ゆっくりすこしずつ漫画は読めている。
  • 2026年6月7日
    図書館の大魔術師(10)
    朝から一日中雨。身体がだるく何のやる気も出ず、午前中はゲームをして昼からずっとバラエティ番組をみたりして過ごす。夜、中華を宅配。あまり読めない日。寝る前に数ページだけ『圕の大魔術師』を読み寝落ち。
  • 2026年6月6日
    ダロウェイ夫人
    ダロウェイ夫人
    朝、胃もたれ気味だったので豆乳をレンジで温めカフェオレベースを入れてソイラテにし、温かいルイボスティーにオリゴ糖をひと匙入れてかき混ぜ、2つのマグを順番に飲みながら『ダロウェイ夫人』。クラリッサの思い出すサリー・シートンの記憶はなんて奔放で美しい。シピがソファの背もたれで伸びていたので長いね〜と褒める。勉強に『新書 世界現代史』をすこし読み、さすがにそろそろノートにまとめておきたいぞ……と思っていた『トピーカ・スクール』のコラージュを作る。書き留めてある無数のメモを再構成しながら今思うことと混ぜて捏ねて感想も書き直す。付箋の拾い読みをしているとたのしくなってしまいなかなか進まない。夕方からぴー太と久しぶりにゲーム。『It Takes Two』という、離婚寸前の夫婦が人形に変えられてしまい、元の身体にもどるために2人で協力しながら冒険する物語。久しぶりにするゲームはキャラクターが動くだめでもう嬉しいみたいなきもちのレベルからスタートし、何度やってもダブルジャンプがうまくできなくて呆れられる。ゲーム技術に差がありすぎると上手い側の忍耐力が必要だろうなと思う。わたしは下手側なのでただ必死にやるのみ。夫婦が雑に使って倉庫に放置していた掃除機や工具箱が怒っていて、それらから逃げまわる。元の姿の娘が目の前にいるのになかなか声が届かない。夜、『圕の大魔術師』新刊をベッドで読みながら寝落ち。
  • 2026年6月5日
    プラネット・ダイアリー
    プラネット・ダイアリー
  • 2026年6月5日
    レタイトナイト(2巻)
    起きてふとんのなかでTO DOリストをひらいて今日の予定を確認。もうすこし起きなくても大丈夫か……と、そのまま『ダロウェイ夫人』を読む。やけに肌寒い。ネラがふとんに潜りこみ、シピがお腹にのってきてゴロゴロ喉を鳴らす。前回読んだ時は気づかなかったけど、クラリッサが世界を見て上機嫌で闊歩するなか、対照的にセプティマスは世界に自分が見られ非難されていると感じて鋪道に釘付けになっている。かなりの対比が序盤から起きていた。夜、ぴー太がいない金曜日なのでひとり晩酌。湯船をためる間に、家にあった適当な野菜と鶏肉を串に刺す。ズッキーニ、レタス、トマト。おうち焼き鳥、こないだとてもおいしく簡単にできたのでハマってしまった。お風呂に浸かりガチガチだった身体がほぐれた後、クラフトビールを飲みながら焼き鳥を焼いて食べて読む。焼き鳥は片手で食べられるので読書との相性がいいという気づき。たのしみにしていた『レタイトナイト』2巻。カンカンは世界を見るため旅をする。何もかも香山哲さんの作り出したファンタジーの世界なのに、今の自分の生活と地続きなかんじがするのはなぜだろうと考えていて、生きるためにはまず働いて稼いで食べなければいけないという生活を軸に描きながら、土地ごとの貨幣の価値や地形や気候、特産物などをこんなに細かく描いた冒険漫画はあまりなかったからかもしれないと思い至る。しかもこの漫画が描かれる前の前段として『プロジェクト発酵記』でどんな話にしようかと考えている過程も知っているので、香山さんが何を描きたくてこの作品を作っているのかを知った上で読めているのも、順番がふしぎでたのしい。読んでいると、わたしも世界を一から作ってみたくなる。絵が描けたらな……描けなくてもコラージュでやれるか、やれるな。などとあれこれ考える。いつかやるかもしれない。やらないかもしれない。やりたいことはたくさんある。どれからどうはじめたいか……だなと、やりたいことリストと睨めっこしながら考える。放っておくと本しか読まないのだから。(それはそれで最高じゃないか?)とにかくまずはしごと部屋の模様替えをしたい。
    レタイトナイト(2巻)
  • 2026年6月4日
    ダロウェイ夫人
    ダロウェイ夫人
    朝、じゅえさんから届いたDMで『舞踏会へ向かう3人の農夫』の文庫が再販されていることを知り、すぐさまポチる。本屋やネットをあちこち探してもなかなか出会えなかったパワーズのデビュー作。じゅえさんいつもありがとう。朝食に和紅茶と広島土産のカヌレを2つ。ビーツと、抹茶。食べながら、6月に入ったのでウルフの『ダロウェイ夫人』を読み直す。昨年の6月にReadsに興奮して感想を書いてからもう一年。はやい。読みながら、ルドウィコ・エイナウディのアルバム『The Summer Portraits』を流す。この本にぴったり。クラリッサは6月のロンドンを散歩しながら「なんという晴れやかさ!大気のなかへ飛びこんでいくこの気分!」とはつらつとしていて、でも次の瞬間には ーp20 わたしはもう絶対、誰のことも、こんな人だとかあんな人だとか言わないつもり。自分のことだってとても若く感じたり、かと思うと、どうしようもなく老けて感じたりするのだから。ナイフのように物事のなかに切りこんでいくかと思うと、外からただ傍観していることもある。こうしてタクシーをながめていると、自分が外に、岸から遠く離れてひとりぼっちで沖にいるという、そんな感じに襲われる。一日だって生きていくのは、ほんとうに、とても危険なことだ、とわたしはいつも感じている。そんなことを感じる自分を賢いだとか、並はずれた人間だとか思っているわけではない。ダニエルス先生が教えてくれた知識の切れ端を頼りにして、どうにか人生を切り抜けてきただけだ。わたしはなにも知らない。外国語だって、歴史だって。ベッドで回想録を読む以外、いまではほとんど読書もしない。でもわたしはとても面白い、このすべてが、通り過ぎるタクシーの群れが。ピーターのことをあれこれ言うまい。自分のことも、わたしはこういう人間だなんて言うのは。(中略)誰にも思い出はある。だけどわたしが愛しているのは、目の前にあるこれ、ここ、いま。タクシーのなかの太ったご婦人だ。それなら、どうでもいいことではないか? ボンド・ストリートのほうに歩きながら彼女は自問した。自分がいつかかならず跡形もなく消え失せ、そのあともこのすべてがいままでどおりつづいていくとしても、どうでもいいことではないか? べつに腹立たしいことではない。死はすべての終わりにちがいないが、にもかかわらず自分もピーターもなにかのかたちでこういったロンドンの街並のなかに、諸物の干満に揺られながら、ここそこに生きつづけると信じられるならば、それはむしろ慰めになるのではないかしら? と考えていて、意識をあっちこっちに飛ばしながら、浮き沈みしながら、移り変わる景色のなかを歩くクラリッサを読むのはとてもきもちがいい。『サンキュー、チャック』を観た後にぴー太と話したことを思い出したりする。「つまり今ってこと?」。満足してPC前へ。午前中、いくつかの修正を返す。昼、昨日の残りカレーをカレーリゾットにして食べながら(スープカレーアレンジ3日目)Page Turnersの最新回を観る。三宅さんの読了本が3ヶ月たまったときの迫力!夜、鶏ミンチ、パプリカ、茗荷、クラッシュピーナッツでエスニックそぼろごはん。おやつにアンドザフリットのバルサミコアンドペッパー味のポテチ5個、アイスコーヒー。寝る前にベッドで『嘔吐』読む。
  • 2026年6月4日
    マザリング・サンデー
    マザリング・サンデー
  • 2026年6月3日
  • 2026年6月3日
    月ぬ走いや、馬ぬ走い
  • 2026年6月3日
  • 2026年6月3日
    季刊日記 創刊号
    季刊日記 創刊号
    2時、ガタガタという台風の音で目が覚め眠れなくなり漫画をあれやこれやと読むけどしっくりこず寝不足。猫はすやすや眠っていた。身体がだるいまま制作。なんだかんだとバタついた一日を過ごし、その分はやめにしごとを切り上げる。夜、昨日のスープカレーの残りで野菜たっぷりカレーラーメン。レタスとモッツァレラチーズ、カリカリベーコンのサラダ。燻製マヨネーズを買ったので豆乳と黒胡椒とニンニクを混ぜて燻製シーザードレッシングに。食後にアイスコーヒー、広島土産のレモンバタークッキー1枚、もらったパクチーえびせん1/2枚。食べすぎてくるしい。窓を開けても生ぬるくて何のやる気も出ず『季刊日記』を開く。百万年書房の北尾さんの日記を読みケラケラ笑う。カエルは今日も外でケロケロ合唱。(実際にはグァッグァッ)向坂くじらさんおすすめのタコス屋をGoogleマップの行きたいに保存する。寝る前にベッドで『ドン・キホーテ』をすこし読んだ。ドン・キホーテとサンチョはやっと冒険へ出発。
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