
阿久津隆
@akttkc
2026年9月11日
鉄の胡蝶は
保坂和志
読んでる
中学二年生のころ、駅前で沢井綾子に「茶々丸君♪」と声を掛けられるところ。「どうしたの?」「?」「変な顔してあたしを見るから、」「変じゃないよ。」「よ! ひさしぶり! とか言いなよ。」「ひさしぶりだね、」「反応、ニブイなあ、」のところ。
p.290
沢井さんが明るく振る舞えば振る舞うほど自分は重ったるくのろまになっていくのだった、私は沢井さんの顔もちゃんと見れない、私はその後、こういう、反応に困った、自分の何と言わずすべてを持てあましているような男の子たちをいっぱい見てきた、とくに同情は感じない、好感を抱いたりなおしない、でもこういう男の子やもう少し年が上の若者を見るたび、私はこのときの中二の自分にそれが積み上がる思いがする。
私は見るたびに、しょうがないんだ、自分で何とかするしかないんだと思う、本人は何とかできてたらこんな愚図でのろまなことはしていない。
『八月の光』でクリスマスが「若いというのはつらいことだ。つらいことだ。ひどいことだ」と考える場面というかクリスマスのその声が聞こえてきた。いくつかのことを思い出した。