
ケイ
@flyingkei
2026年9月22日
二月のつぎに七月が
堀江敏幸
読んでる
700ページ超の作品、ほぼ半分というところまで来ました。
314〜363ページ
年が明け、梅の季節が近づく。時が過ぎることに、未来を待つ楽しみより振り返る過去が増える重さを感じるようになるのが老いなのか。
体調を崩しても見事な手紙を書き送ってくる丕出子さんの父親の「年上の老人さん」に対し、丕出子さんの父親は返事が書けず、電話も掛けられない。応答することの重たさが、丕出子さんには理解できない。阿見さんは読み続けている文庫本から、我が身に刺さる反射を受けて自らを省みる。自分の中に入ってくるもの、自分が目にした耳にしたものに対して、それらが自分の内側で発酵し全身にしっかり広がるまで我慢して待つことができず、すぐに反応し自分の外へと押し返してしまう。失望を先取りし、あり得たかもしれない未来から目を背け、そうして歩き続けて過去を振り返らない。丕出子さんの父親と同じく、そこには他者と対話すること、言葉に向き合い続けることの難しさがにじむ。
けれど勇気をもって振り返ったとき、ふとした景色や言葉から自然に浮かんできたものとは異なる記憶、現実かどうかもあやふやか記憶が阿見さんの中に浮かび上がってくる。記憶の真偽よりも、浮かび上がる細切れの情景が差し出す母の面影、幼い日に感じた印象が、これまで振り返らずにいた過去が隠し持っているもの、蓋をしてきた感情を予感させ、阿見さんを揺さぶる。自分の本当の内面というものに、阿見さんは揺さぶられながら目を向け始めている。
思念の背後でごく自然に数字を拾い脳裏の算盤の珠を動かしている阿見さんが、いちば食堂を去り際に丕出子さんたちに声をかける。同じ空間にいても店員と客との最低限のやり取りからはみ出すことなく、たまたま同じ軌道を巡っているだけといった距離感を保っていた阿見さんと丕出子さんたちが、軌道を外れて交わる。この先、いちば食堂に広がる人の輪の中で阿見さんの立ち位置は変わるのか。それともこの交感は一瞬のイレギュラーとなるのか。ゆるやかな時の流れの中で少しずつ変わるいちば食堂な人びとの立ち位置に、また一つ注目要素が加わった。

