てんとうむし "考察する若者たち" 2026年9月23日

考察する若者たち
本屋さんの話題の本コーナーにあって立ち読みしたときに、私の好きな『違国日記』と『スキップとローファー』が取り上げられているのをみて即買いした。 わたしも特に映画を見たあとに考察をネットで検索してしまう癖がある。このシーンはどういう意味なんだろう?とか、この結末ってどういうこと?とか、正解が提示されないからこそ、この映画を見た他の人はどう捉えたのかが気になって。本来、物語は人それぞれいろんな解釈が可能なのに、捉えどころがないことに耐えられないというか、モヤモヤしたくなくて検索してしまう。 このモヤモヤを解消したい、見たことに対する報酬(答え)が欲しいということが、考察を調べることにつながっているんだろうな。 チャットGPTに相談することもそう。どんなことを打ち込んでも、何かしらの回答をくれる。生身の人間に言ったら、「うーん」って言われそうなことであっても、チャットGPTは反応してくれる。だからこそ安心する。 一方で、安心したいから答えを探しにプラットフォームの海を彷徨うが、最近それにも疲れ始めてきている。 もちろん私が好みそうなものをお勧めされて、それがドンピシャだったら嬉しいのだけど!次から次へとおすすめされて、情報が多すぎて疲れてくるんだよね。 アルゴリズムで最適化した「正解」があるからこそ、その行動に頼ってしまいがちだけど、自分の解釈とか感情とか、正解がないことこそが本来私をかたち作るものであり、失敗しても(報われなくても)いいのだと思えた。俯瞰して見れたというか。 つらつらと書いたけど、考察と批評がごちゃごちゃになるからここに書いておこう。 考察は、作者が提示する謎を解くこと 批評ふ、作者が把握していない謎を解くこと
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved