
すなまち
@suna_mathi
2026年9月23日
読んでる
表題作の『君が手にするはずだった黄金について』
いろんな角度で、自分がいま滞っていると感じているいろいろなものに刺さったな。
p.151
価値観の違う人間に「黄金律」を押しつけられた時ほど厄介なことはない。必要のないお節介や、必要のない忠告を与えられただけでも良い気分はしないというのに、本人は良かれと思ってやっている。
いま正に会社勤めで通奏低音のようにスリップダメージを与えられているのがこういうことで、ほんとそれな!と
p.162
何もかもがうまくいっていて、摩擦のない人生に創作は必要ない。
書き手が主語の文脈だったけど、読み手も同じで、苦しみや悩みがある時にこそ創作は必要なんだと思う。そんな時に創作の世界に触れられないと予後が悪い。
…ということを、この前友達と飲んでいて思い出させられた。仕事の愚痴をこぼしまくっていたら、「最近小説とか映画ドラマとかフィクションに触れる時間ある?」と。確かになかった!
義務にするのは違うけど、すこやかな暮らしのバロメーターの一つに加えるのはよいね。
p.194
きっと片桐は、金が欲しかったのではなかった。才能という黄金を掴みたかったのだ。自分に才能がないことを自覚しつつ、たとえ偽物でもいいから、自分の才能を誰かに認めてもらいたかったのだ。
「才能」とか、あとは「やりたいこと」とか「一貫したストーリー」とか、全部現代の呪いかもしれない。抜きん出た何かがあって、それが本人の目指しやりたいことであって、その世界の高みに向かって励み何かを成し遂げるというヒストリーがあること。
人生はたぶんもっと平凡で、なるようにしかならないし、そこに優劣も善悪もないのにね。

