
読谷 文
@fumi_yomitani
2026年9月23日
積読の流儀
中野善夫
読み終わった
実に面白く読んだ。
巨大な帯に巨大な文字で書かれた「本を買え、天に届くまで積み上げろ。」の文言とともに示される〈愛書家七つの習慣〉は、愛書家の方々には殊に切実に響くであろう。
本書は、骸骨のアイコンと、朝顔の写真、美味しそうに焼けた日曜日のパンでおなじみの、中野善夫先生による初のエッセイ集である。これがもう名文のオンパレードであった。
最初の方から、片づけ二大巨頭と称し、やました氏・こんまり氏の片づけ本を例に出し、(「蔵書家はその名を呼ばず、眉を顰めて「あの人」というこんまりである。」p.7)至極真面目に(ゆえにユーモアたっぷりに)片づけに対する蔵書の保持について反証していく。
これがもう那須与一のごとく的を射ていて、読者はそうだそうだ!と叫びつつ、ときに爆笑の渦に巻き込まれる。
「しかし、あなたはまだ若い。買って四十年経ってから読む本があることを知らないだけである。永遠とはそんなに短い時間ではない。」(p.8)
「手に取って読め」の章でのエピソードには、心からの共感と同情と悲哀で、声を上げて笑ってしまった。
「本を読むときに、蜜柑やポテトチップスを食べながらなどというのは論外」
「本を読む前には、必ず手を洗い、余裕があれば風呂に入って歯も磨き、机の上の本をそっと手に取って45度ほど開いて息を殺して活字に目を走らせていた」(p.14)
ほど大切にしていた蔵書なのに、「本の雑誌」の取材で来た方などに、本の背の部分を指でごしごし擦られたり、ハードカバーの本の「のど」部分をぐいぐいと押しながら、ぐいと本を広げられてしまう。「90度しか開かずに読み終えた私の本を。」(p.15)
なんと悲しすぎる話ではないですか?
また「蔵書の限界」の章では、本棚がいっぱいになって新しい本を買えずに鬱々としているうちに、次第に、本棚に余裕もないような人間がレストランでおいしい食事をしてもいいのだろうかとか、新しいコートを纏う資格があるだろうかとか思い悩むシーンがあり、誇張であるかもしれないにせよ、その表現力たるや側から見ていて本当に笑ってしまうのだが、その中の一文「新しいことを始められない人間は急速に老いていく。」(p.115)には、切実にハッとさせられる。
この、本棚の有限性及び読書の身体性を打破するために、中野先生は粛々と蔵書の電子化を進められていて、その方法であったり、執筆環境の構築のことなどまでが詳細に書かれており、それを読むのも面白い。
さらには、中野先生の幼少期の話から翻訳を始めた頃の話、そして混合水栓の交換や牛皮紙作成、水耕栽培や黄色の朝顔などに果敢に挑んでいく様子、ご自身について思うことなど赤裸々な話もあれば、現実と異界が混然一体となった摩訶不思議な世界が描かれている話もあり、非常にバラエティと示唆に富んだ一冊になっている。
本当に面白かった。
読書家、愛書家の皆さまにおかれましては、必読の書ではないでしょうか。





