ジクロロ "ゴーレムの生命論(1008)" 2026年9月24日

ジクロロ
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@jirowcrew
2026年9月24日
ゴーレムの生命論(1008)
要するに、大きくなりすぎたゴーレムを前にあたふたするという<人間創造主>が出てくる<グリムのゴーレム譚>は、「魔法使いの弟子」的な要素を含むのだ。そこには既に『サシへドリン篇』でのそれのような、自在な統御可能性はない。疑似人間としてのゴーレムは、どこか不気味な洞穴のような空隙を、人間の創造性の前で広げて見せるのである。 (p.49) 神が創り上げるものが神未満である、そのフラクタルとして、人間が創り上げるものは人間未満であるということ。そう考えると、AIや核兵器に対する脅威は薄らぐように思える。彼らは人間の声を持たない。ただ、彼らは人間によりつくられている。   祈るときと感謝をあらわすときのルール     祈るときには   すべての生きているもののために。   感謝をあらわすときには   すべてのもののために。   (『自然のレッスン』 北山耕平) ここに言われる「すべてのもの」において、線引きは可能なのかどうかは悩ましいところではあるが、それでも彼らは人間によりつくられているという事実の重み。 ぬいぐるみとAI、ぬいぐるみと核兵器。 言葉を並べるたけでは、そこに優劣のような差異が感じられない不思議。 アニミズムはすべてが等しく声ももたない世界。それなのに叫び声だけは聞こえてくる気配。 ゴーレムを愛おしく思うのは、人間を愛おしく思うのと同じ価値をもつ。 大事なのは対象ではなく、対象を選ぶことを知らない述語のほうだとあらためて思う。 そういった意味で、「ゴーレム」をつくる目的というものは不要ではないかと思う。
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