
Haruhito
@haruhito27_reads
2026年9月19日
いのちの車窓から 2
星野源
読み終わった
星野源による2017〜2023までの日常を綴ったエッセイ集。国民的アーティストとして多忙をきわめる彼がコロナ禍や目まぐるしい速さで移り変わっていく情報社会の中で苦闘する姿をはじめ、私生活での葛藤、大切な人との別れ、結婚生活、生き方の変化がありのままに曝け出されている。
個人的に感銘を受けたのは、星野源の現代社会との向き合い方だ。言葉や態度が自分勝手に解釈されて流布される社会、それとどういう距離感で付き合い、何を託し、何を託さないのか。本書の一編『言葉の排泄』では、SNSやブログなどのインターネット・メディアについて触れながら「排泄すべき雑念を、本音と勘違いしないようにしよう。そしてそれらに引っ張られないように、お互い気を付けような」と呼びかけられる。私自身の考えでも、インターネット・コミュニティはとっくに低きに流れ落ち、知識も人への信頼もインターネットの外部にある(もとより外部から持ち込まれるもの)だと思っているので、その雑念に取り込まれまいとする星野源の葛藤や距離感の計り方に共感を覚えた。
また、星野は良いライブ・パフォーマンスについて「エゴが消え、自分と他者の間にある境界線が消える。自意識が消えていくと、自我が環境の中に溶け込んで空の状態になる」、その感覚に到達することとし、音楽を介して聴衆(世間、社会)と溶け合うように繋がることを『アメーバ状態』と表現している。少し解釈を違えるが、個人的にアメーバ状態であることが正しい状態だと思うことがある。それは日常生活のあり方である。人は生活に対して、経済や人間関係の安定を求めるものだが、安穏とした生活では人の成長・更新は鈍化してしまう。だから、変化に晒すことが大事なのだが、変化ばかりでは身も心も持たなくなってしまう。大切なのは”安定しつつ、変化していくこと”であり、そのアメーバ状態こそが社会や価値観の変化と有機的に繋がる態度なんだと最近は思っている。中心に核を持ちながら、周辺は外部と混ざり合うこと、そういう生き方を実践してみたいものである。
『いのちの車窓から 2』と『星野源論』を読んで、星野源のことを一介のミュージシャンとして以上に、現代を生きる一つの指針として見る視点を得ることができたように思う。