活字畑でつかまえて "セリーヌの作品〈第1巻〉夜の..." 2026年9月27日

セリーヌの作品〈第1巻〉夜の果てへの旅
いやぁ、撃ち抜かれた。 すごい作品だ。これは凄まじすぎる。 徹底的な諧謔精神。 アルシードの姪っ子を想うエピソードに胸を打たれた。 「大佐がでっかい声で訓示をぶった。《勇気を持て!と彼は言った••••••勇気を持て!フランス万歳!》想像力のない奴にとっちゃ、死なんてどうってこたあない、想像力がある奴には、こいつは冗談ごとじゃない。」 「連隊中で死が想像できるのはこのおれ一人きりだってのか?おれの分は、おれの死はおれだけのものにしといて貰いたい、それもできるだけ先のことに願いたい••••••」 「自分の死についてぐらい自分の考えを持ったって良い筈だ。」 「忘れるってのがつまりは一番の敗北だ、とりわけおれたちをくだばらした相手をだ、どこまで人間汚なくなるもんかもわからずおっ死んしまうんじゃあ。墓穴の縁に立った時にゃあ知ったかぶりしたって始まんないけど、かと言って知ってることは忘れちゃならない。この世で見た人間どもの堕落の限りのありったけを一言半句の嘘もなしにしゃべくってやらなきゃだ、それからさ、口を閉じて穴ん中へ入るのは。人間一生の仕事としちゃあ、それだけやりゃあ充分だ。」 「それからおれの馬も一緒にだ、けどこっちはもう苦しみを免じてやるためで、それってのもやっこさん、でっかい図体をして可哀想にもう背中なぞなくなっちまってて、それほどひどい目に遭わされて、まだ残ってる肉と言ったら、鞍の下におれの手のひらくらいの大きさのがただふた切れ、赤剝けんなってじくじくで、血膿が毛布の縁を伝ってベッとり膕(ひかがみ)まで流れてた。それでもそいつに跨って走らなきゃあならなかった、パッカ、パッカ••••••痛さに身をよじりながら走ってた。けど馬ってのは人間どもより遥かに辛抱強い。よろめきながらも走り続けた。夜は外へ放っとくしかなかった。納屋ん中へ入れようもんなら傷口からでる臭気のせいで、そいつがあんまり猛烈でこっちが窒息しちまいそうだった。背に跨がろうとすると、あんまり痛いんでお辞儀でもするみたいに身をかがめ、そうすると腰が膝にくっついちまう。だからまるで驢馬ん乗ろうとしてるみたいだった。」 ⭐︎とんでもない表現だ。これはすごい。やられた。 「このころからだ、士気を昂めるために分隊単位で兵隊の銃殺が始まった。そうして例の憲兵な、奴用の小戦争、ほんとの本物の地獄の戦争の遂行ぶりによって、〈日々命令〉で表彰され出した。」 ⭐︎まるで軍国主義のころの日本の軍隊の話のようだ。戦争は同じ顔をしているということ。 「アステカ人は話によると常日頃、連中の太陽の神殿で、週に八万もの信者の腹を切り裂いてたそうだ、雨を降らして貰うために、そうやって雲の神様に犠牲を捧げてたそうだ。こんなのはちょっとやそっとで信じられる話じゃない、戦争に行くまでは。けど、戦争に行ってみると、すっかりわかる、アステカ人もアステカ人が他人の身体を軽視すんのも、」 ⭐︎これまたすごい話だ。信仰や戦争が炙り出す残虐性。 「明日か、連中にとってもやっぱり、明日は遠い、こんな場合に、明日なんて言葉にたいした意味はない。おれたちみんな誰にとっても、要は一時間でも生き延びることだった、そのたったの一時間生き延びるってのが、こんなに何もかもが人殺しに集中してる世界じゃあ、もうそれだけで奇蹟ってもんだった。」 「やっこさんに教えてもらいたかったこの男にこの予備役がそこにいる間に、どうしておれには勇気がないんだか、このおれにもだ、ほかのみんなみたいに、戦争をする夢気が…・・..だがやっこさんなんにも教えちゃくれなかった、ただもう沢山だと繰り返すばっかりで。」 「どこを見たって小さな窃盗ってやつは、それもとりわけけちくさい食物の窃盗だ、パンとかハムとかチーズとか、そんなのは犯人に間違いなく歴然とした浮名を着せるんだ、徹底的な村八分だ、極刑だ、有無を言わさぬ凌辱だ、贖いがたい恥ってわけだ、なぜかって言えば理由はふたつだ、まずそんな犯罪の犯人はたいていが貧乏人で、この貧乏人て状態がそれだけでもう最大の反社会行為なんだな、それともうひとつはそいつのやったことが社会に対する暗黙の非難を含んでるからさ。貧乏人の盗みは個の悪質なる奪回ってことになるんだな、わかるかい?••·その結果かね?だからけちなこそ泥は、それ、どんな環境ででも極度に厳しく弾圧されるのさ、それもただ社会を護るためだけじゃない、むしろそ いつは、あらゆる不幸な連中に、おとなしく自分の階級の自分の巣に引っ込んでて、何百年たっても未来永劫貧困と死を喜んで受け容れろって言う厳しい忠告なのさ…・・・・」 「ああきみ!こんな世界ははっきり言って巨大な愚弄装置にすぎないんだ、」 「君らのような哀れなお人好しだ、年中汗水垂らしながら、叩かれ、搾り取られてる人生のおばかさんたちに忠告するんだが、この世のお偉方どもがそんな君らを愛しはじめた時は、それは連中が君らを戦場のソーセージにしちまおうとしてるってことだ…•••その徴候なんだ…••••これはもう絶対間違いっこない。まずはちやほやではじまるのさ。」 「ルイ十四世は、少なくともやっこさんは、善良な民衆なんてものをまるで問題にしちゃいなかった。ルイ十五世はって言うと、彼も同じだった。民衆なんて拭き残したうんこぐらいにしか考えちゃいなかった。そりゃあのころはみんなろくな暮しはしちゃいなかったさ、貧た人はろくな暮しなんぞしたためしはない、だけど当今の暴君どもみたいにむきんなって貧乏人のなぶり殺しをしたりはしなかった。哀れな連中がひと息つけるのは、そうさ、お偉方どもに無視されてる間だけなんだな、欲得づくかさもなきゃサディズムででもなけりゃ、連中が民衆のことなんぞ考えるもんか…•••・・哲学者たちだよ、これもついでに覚えとくがいい、普良なる民来に託を並べはじめたのは哲学者連中だよ…・・公教要理よりほかになにも知らない民衆にだよ!連中がおっぱじめたんだ、宣言までしてね、民衆の教育ってやつを・・・いやはや!連中には民衆に教える真理が山ほどあったもんさ!御立派な真理が!それも手垢のついた真理じゃない! きらきら輝くようなやつばっかりだ!みんなぽーっとなっちまった!これだ!と民衆は言いはじめた、まこれだ!まったくその通りだ!みんなこのために命を投げ出そう!民衆ってのは死ぬことしか考えちやいないからね!そういうもんなんだ。デッィトロ万歳!"なんてわめいたもんだ、それから、ブラヴォー、ヴォルテール!”だ。ともかくも哲学者たちだ!それから巧みに勝利を組織したカルノーも万歳だ!みんな万歳だ!とにかく民衆が無知と物神崇拝の中でくたばるのを見殺しにはしない頼もしい連中だ!民衆に「自由」の道を示したんだ!民衆の解放だ!それはすぐさま実行に移された!まずは万人が新聞を読めなくちゃいかん!それが救いだ!それ!急げ!文盲をなくせ!もはや文盲に用はない!必要なのは市民兵だ! 投票をする市民兵だ!字の読める市民兵だ!戦う市民兵だ!行進する市民兵だ!キスを送る市民兵だ! この新療法で善良な民衆はたちまち熟成した。だからつまり、この解放されたという感激だ、こいつをなんかに利用しないって法はないじゃないか?ダントンは伊達に雄弁だったわけじゃない。やっこさんは何度か滔々とまくし立てた、胸に応える弁説だ、歴史に伝わる名演説だ、それでやっこさん瞬く間に民衆を動員しちまった! これが解放された最初の熱狂部隊の初陣となったってわけだ!選挙権を貰って大喜びで国旗をかついだおっさんたちが初めてあのデュムーリエに連れられてフランドルへ鉄砲玉の的んなりに行ったんだ!」 「それからってもの、つまり装置が優れてたんだな、英雄の大量生産が始まった、装置を完備することで加工コストはどんどん安上がりんなってく始末だ。誰でもこの装置を素晴しいものと思った。ビスマルクも、二人のナポレオンも、パレスも女騎士エルザもだ。」 「時間というわれわれの肖像を、受け入れなけりゃならないんだ。」 「臆病者だの勇者だの、そんな言葉に大した意味はありゃしない。こっちじゃ腑抜けであっちじゃ英雄、それもおんなじ一人の人間がだ、こっちでもあっちでも頭ん中は空っぽさ。」 「なんせ世の中芝居だらけなんだからこっちも芝居をしなきゃなんないわけで、ブランルドールは間違っちゃいなかった、実際何が馬鹿面に見えて神経に障るかったって、なんかの拍子に舞台に上がったでくの棒の観客くらいひどいもんはない。いったん舞台に上がったからには、だってそうだろう、調子を合わせてその気んなって芝居をしなきゃあ、覚悟を決めるかさもなきゃ消えるかしなけりゃあ。とりわけ見せ場を欲しがってたのは女どもで、下手な素人役者に対しちゃあ、鬼婆どもめ、情も容赦もありゃあしなかった。戦争ってのはこりゃあもう明らかに、卵巣に作用する、女どもにとっちゃ戦争には英雄がいなくちゃならないわけで、英雄でもなんでもない奴はそれなりの待遇に甘んじるか、さもなきゃもうこの上もない屈辱の運命を忍ばなけりゃあだ。」 「つまるところ彼女の考えは、彼女みたいな平民はなんにつけ苦しむために生まれて来たんで、苦しむのが自分たちのこの世の役目で、近頃こんなに嫌なことばかり起こるのは、それもやっぱり、すっかりそうとは言わないまでも、自分たちが度重なる過ちを犯して来たからだ、平民が・・・・・愚かな過ちをしでかして来たんだ、もちろん、そうとは知らずにしたには違いない、けどそれでも自分たちの罪には変りはない、こんなにして苦しんで、それで自分たちの卑しさを贖わせてもらえるだけだって有難いことと思わなくちゃいけない…•••、手のつけようがない女だった、おふくろは。」 「暑さの絶望的な低迷で人間の積荷はみんな溶けてひとつの泥酔の塊りんなっちまった。デッキの間をのろのろうごめいてる様はまるで水槽の濁り水の底の蛸みたいだった。そのときからだ。白人の嫌らしい性が表に浮き上がってくるのをおれは見た、けしかけられ、解き放たれた、連中のなりふりかまわぬ本性がだ、戦争んときと寸分違わずにだ。八月になるとかいこ蟇や蝮がやっと這い出して来て監獄の罅割れた脇腹を被いつくす、本能が熱帯の蒸風呂に浸されるとあれとおんなじだ。ヨーロッパの冷気ん中じゃあ、北方の控え目な灰色の空の下じゃあ、殺し合いんときででもなけりゃあわが同胞のおぞましい残酷さも推し測るのがせいぜいだけど、熱帯の劣情に煽られた途端に連中の腐敗菌は、肌を侵蝕しはじめるんだ。そのときだ、連中は狂ったみたいに服を脱ぎ捨て、劣情が幅をきかせてわれわれを呑み尽す。生物の本性だ。労働と寒さの締めつけが解かれ、その万力がちょっとでも緩まるとすぐ、「白人」の正体が顕われる、」 「ごく当たり前のいちんちのうちにだって君の死を願う人間が少なくても百人はいるだろう、たとえば急いでんのに君が邪魔んなって地下鉄に乗りそこなった連中も、君の家の前を通る持家のない連中も、君のおしっこが終るのを待ってとちとちしてる連中も、みんなそうだ、つまりは君の子供たちだってそうだし、ほかにもわんさといるわけだ。ひっきりなしにだ。ただ馴れちまってんだ。」 船ん中じゃあこのいらいらが我慢できにくい、さあ、そうなると厄介だ。 「こいつは猥談とおんなじで、武勇談てやつはいつだってどこの国のどんな軍人でもこれを喜ばない奴はない。相手が将校だろうとなかろうと男たちと講和を結ぶには、講和ったってどうせはかない休戦にゃあ違いないけど、それでも大切なことに変りはないんで、つまりそれには、どんな場合だろうと、相手にばかばかしい自慢話を思う存分しゃべくらせるのが一番だ。知性的な自惚れなんてもなあない。そいつは本能だ。それにまたまるっ切り自惚屋じゃない人間なんてのもいるもんじゃない。ごますりのおべんちゃらにも取柄があるのは、だいたいにおいてそれよりほかには人と人とが多少とも喜んで許し合う道はないからだ。この兵隊さんたちの場合もおれは、苦労して想像力を働かせるには及ばなかった。なんのこたあないびっくり仰天したふりをし続けてるだけのこった。戦争の話を根掘り葉掘り聞き出すぐらい簡単なことはない。相棒どもはそいつでパンクしそうだった。まるで病院時代の全盛期に逆戻りしたみたいだった。めいめいの話が終るたんびにおれは、ブランルドールから学んだとおりに、大仰な言薬で讃嘆の意を表わすことを忘れなかった。「いやはやそいつはまったく、歴史の一ページを飾るようなお話ですねぇ!」これくらい便利な紋切型はない。今しがたちょろりと仲間に入りこんだばかりのおれのことを、みんなはだんだん話せる男だと認め始めた。連中がしゃべりだした戦争話のたわごとぶりは、昔さんざん聞かされたのや、も少したってから病院の相棒たちと想像力を競い合ってたときに自分でもしゃべったのとおんなじことだった。」 「いやまさに、おれこそは至福の創造者だった。みんな膝を叩いて喜んでた!この湿っぽい苦しみばかりの世の中で人生を楽しくできるのはおれだけだった!おれほどの聞き上手がいるだろうか? ブラグトン提督丸はおれたちがこんなふうにばか話にふけってる間にもだんだん船足を落として、のろくた潮汁(うしおじる)ん中を進んでた。アトムひとつのそよぎもない空気に包まれて、海岸沿いを進んでるらしかったけど、まるで肥溜めん中を行くみたいに重たげだった。 肥溜めみたいなのは頭の上もおんなじだった。まるで一面黒いどろどろの膏薬だった、そいつをおれは物欲しげに眺めやった。夜ん中へ帰ってくこと、おれはそいつが大好きだった。」 「家ん中から下の方に河の船着場がきらきら照り映えてんのが見えたけど、細かい土埃がもうもうと立ちこめてて、はっきり見定めはつかないままに、活気溢れる騒然とした物音ばかりが、手に取るように聞こえてた。岸壁には黒ん坊の行列が何本も、鞭の下であえぎあえぎ、積荷を満載した船って船の船倉から荷を揚げてるとこだった。罵声を浴びて、てんこ盛りのでっかい籠を頭に、平均をとりながらぐらぐら揺れる危っかしいタラップを登ってくとこは、まるで立ち上がった蟻の行列みたいだった。 そんなのがいくつも不揃いな珠数をつくってぞろぞろ真赤な土埃ん中を行ったり来たりしてた。労働中のそういう恰好ん中には、まだその上に背中に小さな黒い点をくっつけてるのもあった、母親たちだ、母親たちまでが子供の上にまだ余分な重荷の都子キャベツの袋をかつぎに来てたんだ。いったい蟻んこだってこうまでできるもんだろか。」 「いやまったく、このアルシードは崇高の世界をなんの気兼ねもなく、言ってみりゃあ自分の家みたいに歩きまわってた、天使たちと友達づき合いをしてたんだ、この男は、しかもそんな素振りはこれっぽっちも見せずにだ。考えてもいなかった遠い親類の小娘のために拷問にも等しい年月を捧げてきたんだ、単調な酷熱ん中でそのあわれな人生をいちんちいちんちと消し去ってたんだ、無条件で、かけ引なしで、自分の善良な心のほかにはなんの利益もなしに。その遠縁の小娘に全世界を改造することもできるほどの優しさを捧げてたんだ、しかもそんな気配も見せずにだ。 彼はすぐに眠り込んだ、蝋燭の明りの下で。おれはとうとう一度起き上がって、明りをかざしてその顔立ちをつくづく眺めた。誰でもとおんなじように眠ってた。何の変哲もない顔だった。それにしても善人と悪人とを見分ける何かがあったって悪かないだろうに。」 「おれは相手ん中に紛れもない冒険屋の顔立ちを見てとった、輪郭のはっきりした顔、人生のうわべを撫でてくんじゃなくて裸のまま人生ん中へ飛びこんでく強(したた)か者の面接え、たとえばそのでっかいまん丸の鼻にしろ帆みたいにふくらんだ頬にしろだ、ざわざわ波を蹴立てて運命に向かってく帆船だ。けどこいつは運の悪い奴だった。」 「人も物もひとたび過ぎ去るともうまるっきり動かないことは恐ろしいほどだ。時間の墓場ん中へ置き忘れられた生者は死者と一緒にぐっすりと眠り込んでて、おんなじ闇ん中で早くも見分けがつかなくなっちまってて。年を経るにつれてもう呼び起こそうにもどれが生者かどれが死者かもわかんなくなっちまう。」 「行先の当てでもありそうに道を探すふりをしながら、右へ曲がってもちっと明るい通りへ出た、〈Broadway〉って通りだった。標示板にそう名が書いたった。見上げると最上階のはるか上のほうにまだ陽の光もいくらかあって、空のかけらとかもめたちとが見えた。みんなは下のほうの明りん中を歩いてるんだけど、その明りは森ん中とおんなじに病みつかれて灰色で、おかげで通り全体が薄汚れた大きな混ぜ織りの綿布に見えた。 そいつは悲しい傷口みたいだ道ってやつは、いつ果てるとも知らず、その底にはおれたちが、おれたち人間が端から端まで、次から次へと苦しみを求めて、決して見えないその果てに、世界中の道という道の果てに向かって歩いてくんだ。」 「年齢ってやつもまたきっとやって来て、裏切者め、最後の手でもってひとを脅すんだ。人生を踊らせるための音楽はもう自分の中にいくらもない。青春のすべては真実の声を聞かないままにもはや世の果てへ死出の旅に出た。自分の中に充分なだけの熱狂がなくなったら、教えてくれ、外へ出て、どこへ行ったら良い?真実は、永遠に続く死の苦しみだ。この世の真実は死だ。選ばなくちゃならない、死ぬか嘘をつくか。おれはどうしても死ねなかった。」 「そいつは完全に活きてるってわけじゃないスクリーンの中で起きてることは。そん中にはでっかいおぼろな部分が残されてる、貧乏人のための、夢のための、死者のための部分が。あわててそいつを詰めこむんだその夢たちを、小屋を出てから、外で待ちかまえてる人生を切り抜けるために、物たちと人たちとのむごたらしさをもう何日か持ちこたえるために。人は誰でもいちばん心を温めてくれる夢を選ぶ。おれのは、白状しよう、卑猥な夢だった。偉そうな面してたってしょうがない、奇蹟からは手に入るものをものにするまでさ。忘れられないおっぱいとうなじの金髪がスクリーンの休んでるあいだを埋めに出て来て、わが身の孤独を題にした唄を歌った。みんな彼女と一緒に泣かんばかりだった。 これなんだ良いのは!おかげでどれほど力が湧いたこったろう!これで少なくとも、もういまから感じられるんだ、あと二日は肉ん中に勇気が溢れるだろう。」 「哲学するのもまた別の怖がり方にすぎない、それで気が済むのは逃げ腰の屁理屈屋だけだ。」 「金のない人間の一生は長い妄想ん中の長い失意にすぎず、人は何かを本当に知ろうにも何かから解放されようにも、そいつを所有してなきゃ敵わないことなんだ。」 「おれの坐った汚れひとつない溶岩のテーブルは、小さくって足がかくせなかった。そこら中からおれの足がはみ出した。ちょっとのあいだどっか他処へ行ってて欲しかった、自分の足にだ、なにしろガラス窓の向こう側からいましがた通りに残してきた行列の連中に眺められてるんだから。みんなおれたちが食べ終わるのを待って、こんどは自分が席へ着こうとしてるわけだ。まさにそのために、連中の食欲をつなぎとめとくためにこそ、こっちはこんなにおれたちは煌々と照らされ目立たされてんだ、生きた広告ってわけだ。ケーキに載った苺たちはきらきらと無数の光を映しててなかなか口に入れちまう気んなれなかった。 アメリカ商法を逃れるすべはない。」 「おれのいる高いところなら連中になんだって好きなことを怒鳴ってやれる。やってみた。どいつもこいつもうんざりだった。昼間面と向かってじゃあ勇気がなくてなんにも言ってやれないけど、こっからならちっともこわいことはない、おれは連中に向かって叫んだ、<助けてくれ!助けてくれえ!)ただどんな反応があるか見たかっただけだ。なんの反応もありゃしなかった。夜も昼もただやみくもに生きてるんだ人間は。人生のほうは人間にすべてをしてる。自分のたてる音が連中はなんにも聞こえない。構っちゃいないんだ。そうして都会がでかけりゃでかいほど高けりゃ高いほど連中は構っちゃいないんだ。嘘じゃない。おれは試した。もいちど試すには及ばない。」 「人生で係わり合った人びとの身際手さ加減てのは、こっちが年齢とってからその連中のことを考えると、歴然と、というのはつまりあるがままの姿で、鋼鉄のごとく、プラスチックのごとく、時間よりはるかに長持ちしそうな姿で目に見えてくるもんだ。 若いあいだは、どんなに冷たい仕打ちにもどんなに卑劣な裏切りにも、情の気まぐれだとか世馴れないロマンチシスムの徴しだとか、なんとかして納得の理由を見つけ出すもんだ。ところが年齢をとって、どうにかこうにか体温を保ち続けるただそれだけのためにでも、人生どれほどの悪智恵が、むごたらしさが意地悪が必要か、そいつを人生からたたきこまれてはじめて人は納得するわけだ、夢が醒め、過去がどれほど汚物まみれにされてたか見えるようになるわけだ。自分自身をとくと眺めてみさえすりゃわかることだ、自分がどれほど不潔な人間になったかを見るだけで。もう神秘もかまとともおしまいだ、ここまで生きて来た以上もう詩なんか食い尽しちまってんだ。徒の花さ、人生なんて。」 「勇気ってのは許すってことじゃない、どだい人はいつだって許しすぎる!許したってなんの役にも立ちゃしない、それはもう証明済みだ。「下女(おひとよし)」はあらゆる人間の後ろに、最後尾に並ばされてる。これは意味のないこっちゃない。そいつを忘れちゃいけない。いつか夜中に、幸福な人間どもを、彼らが眠ってるあいだに、ほんとに眠らしちまわなきゃならないだろう、いやほんとの話だそうして彼らも彼らの幸福も永久に片づけちまうんだ。 翌日はもう彼らの幸福なんか知ったこっちゃない、もう好きなだけ不幸んなれる、〈下女〉も一緒にだ。いや関話休題。彼女はところで部屋ん中をローラはしどけない部屋着姿で行ったり来たりして、彼女の身体はなんてったってまだおれにはえらく色っぽく思われた。豪勢な肉体ってのはそれだけで強姦の誘いみたいだ、富の、贅沢の核心へのじかの乱暴なそうして密かで甘美な押し入りだ、しかも奪い返される心配もない。」 「語るべき嘘がなくなったら少なくとも二、三世代のあいだきっぱり世界を閉店しなきゃなるまい。嘘がなけりゃあおたがい話すことなんかまずなくなっちまうんだから。」 「もう一度、新しい環境で新しい顔を、これまでとは違ったしゃべりかた嘘のつきかたを覚えなきゃならなかったわけだ。怠惰ってのはほとんど生命とおなじくらい強い。演ずべき新しい茶番のばかさ加減にまず参っちまう、それにやり直すには勇気よりもはるかにたくさんさもしさが必要だ。異国暮しってのは、他処者てっのはつまりそれなんだ、前の国の習慣には見放されたけど、もひとつの、新しい国の習慣に麻薄するとこまではまだいってない、人間の一生に珍らしく頭の冴えたこのいっとき、生活ってもんのほんとうにあるがままの姿が苛酷なまでに見えてくる。」 「戦争はある者を焼きある者を暖めた、中にいるか手前にいるかでそいつは業火にもなりゃ暖炉にもなる。うまくやってくよりほかはない。」 「おれがすっかり変ったと彼女が言ったのもほんとうなんだ。生きてくってことは、そいつは顔をゆがめ、ひしぐ。彼女の顔だってそれで押しひしがれてたけどただちょっぴり、おれよりうんとちょっぴりだけだった。貧乏人は踏みたたこだ。貧因は巨女(おおおんな)で、彼女は世界の汚物を拭うのに雑布代わりにひとの顔を使うんだ。汚れはそのま浸みついちまう。」
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