くにっち "日本ホラー小説史(1093)" 2026年9月27日

くにっち
くにっち
@kuni
2026年9月27日
日本ホラー小説史(1093)
あまりホラー小説に明るくないのでとても興味深かったです。 平井呈一、紀田順一郎、荒俣宏が出会って意気投合していくところなんか、まるで映画の一場面のようで良いなと思いました。 ■メモ 英語の horror はラテン語の horrere (毛を逆立てる、震える、身震いする)に由来する名詞。ホラー小説のルーツを辿れば世界の民話や神話にまで及ぶ。 今日の我々が思い浮かべるホラー小説に近いものが書かれるようになったのは18世紀後半。契機は英貴族作家ホレス・ウォルポールが書いた『オトラント城奇譚』(1764)。ここから19世紀にかけてゴシック・ロマンスが流行。メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』もこの流れを汲んだもの。 各地に広がり、ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』や、アメリカでポーの『アッシャー家の崩壊』が生まれる。20世紀前半にはポーの衣鉢をついだラヴクラフトが現れ、1970年代にモダンホラーの帝王となるスティーヴン・キングが登場する。 日本において"ホラー"という用語が広まったのは1980年代。エンタメ文芸ジャンルとして自立したのは90年代。ただし日本ではその前から怪談の伝統があった。ホラーではなく怪奇小説とか恐怖小説などと呼ばれた。 上田秋成の『雨月物語』、四世鶴屋南北の『東海道四谷怪談』(1825)、泉鏡花の『高野聖』(1900)、夏目漱石の『夢十夜』(1908)なども怪談の伝統があったからこそ。 そもそも古事記のイザナミ・イザナギの黄泉平坂のエピソードもホラー的。 戦中は検閲でホラー小説が書けなかったが、戦後に復活。恐怖と笑いがないまぜになったような読後感を残す海外作品が多く翻訳された。これらの作風を江戸川乱歩は "奇妙な味" と呼んだ。 内容としては、普通の人々の日常生活に侵犯する脅威を描いて、より直截に現実の恐怖を語るものが多かった。これが日本でブラックユーモアとして浸透していく。阿刀田高や藤子不二雄Aの短編などにも影響を与える。(たぶんテレビの世にも奇妙な物語などもこの系譜) 60年代では、状況劇場などの演劇や、東映ヤクザ映画や、ガロのマンガなどのカウンターカルチャーが勃興し、文学の領域では夢野久作や怪奇幻想文学を含む異端の文学が注目された。 70年代は公害問題やオイルショックなどで高度経済成長に翳りや不安が見え、科学技術や日常への信頼が揺らいだ。これにより超能力・心霊・宇宙人などのオカルトブーム、澁澤龍彦や種村季弘などの幻想文学ブームが起きた。妖怪のポップカルチャー化もこの時期に始まった。(サブカルの多くはこの時期に誕生した) 80年代は、映画の特撮技術の高度化やホームビデオデッキの普及もあり、それまでマイナーだったSF、ホラー、ファンタジーが一般にも浸透した。マイケル・ジャクソンのヒット曲『スリラー』のミュージックビデオはゾンビのダンスだった。血しぶきが飛び交う "スプラッター" 映画が流行した。キングの小説が日本にもきて、モダンホラーと言われた。 90年代は、現代の日本を舞台にしたホラーが続々と生まれた。鈴木光司『リング』は横溝正史賞に応募されたが、ミステリーではないとして落選した。しかしあまりにも面白いので、受け皿として角川書店が日本で初めて "ホラー" の名を冠した文庫レーベル「角川ホラー文庫」を立ち上げた。また、1993年に日本ホラー小説大賞が創設された。初の受賞は瀬名秀明『パラサイト・イヴ』(1995)。その年の売り上げは総合5位、国内の小説では首位だった。堂光徹の「学校の怪談」が映画化されたのもこの頃。 2000年代はブームがいったん落ち着くが、2010年以降は作品が多様化・拡散していった。この頃の新しい波としては3つ。 ①ミステリとの融合・・・綾辻行人や小野不由美などホラーとミステリの融合を試みてきた作家の存在 ②土俗的モチーフ・・・海外でいうフォークホラー。映画『ミッドサマー』が典型。 ③怪談への近接・・・怪談実話作家の主人公や怪談の挿入 令和のホラーブームが叫ばれる現在では、ホラー小説も活況。 SFとの融合や、リミナルスペースと呼ばれるがらんとした空間(ホテルのロビーや長い廊下など)が、新しい恐怖の美学として注目されつつある。 また、まがいものを意味する英語mockにドキュメンタリーを加えてできた "モキュメンタリー" も定着し、穴雨『変な家』、背筋『近畿地方のある場所について』などもこれにあたる。
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