パンラビ
@pan_rabi
2026年9月28日
異邦人
カミュ
『異邦人』を二度読んだ。
初読のときから印象に残っていたのが、裁判の場面にある「この事件を私抜きで、扱っているような風だった。私の参加なしにすべてが運んでいった」という一節だった。二度目に読んでも、やはりここが強く残った。
自分の事件なのに、自分抜きで事件が処理されていく。ムルソーについて語られているのに、そこにいるムルソー自身の感覚は置き去りにされている。
葬儀で泣かなかったことや、マリーと会ったことなどが、裁判の中で一つの「人間像」を作る材料になっていく。検察、弁護士、裁判官のそれぞれが、被告のムルソーを作り上げていく過程を見させられているように感じた。

