
ジクロロ
@jirowcrew
2026年9月29日
哲学の慰め
ボエティウス,
畠中尚志
読んでる
だが私は話を人間の欲望に戻すことにする。この人間の魂というものは、おぼろげな記憶に依ってではあるが、自分の昔持っていた善を再び得ようと求めている。その魂は〔現在ではもう〕酩酊者のように、どの道を通れば再び家に帰れるのかをはっきり知らないまでなのである。
(第三 二)
「自分の昔持っていた善」が思い出せない。だからからその時期に戻ろうとする。なのに戻れない。
こんなとき、どのようにして諦めるのかを考える。
「自分の昔持っていた善」を取り戻そうとしていることもまた善である。ということ。
ということは、「自分の昔持っていた善」とは、あるのかないのかすらわからない。けど、あると信じて追い求めるその行為のことではないか、ということに気づく。
醒めている覚者よりも情熱的な酩酊者のほうが、帰るべき暖炉のある家をより明確にもっているのかもしれない。
