ナナミ "書けるひとになる! 魂の文章..." 2026年9月30日

ナナミ
ナナミ
@nanami373
2026年9月30日
書けるひとになる! 魂の文章術
書けるひとになる! 魂の文章術
N・ゴールドバーグ,
小谷啓子
凡人は人生で一回きり母親が死んだ時にだけ、天才詩人だか天才小説家だかになって傑作を書き上げるチャンスがあるのだと思ってる。そういう、何かを吐き出さずにはおれないようなタイミングで、この本は助けになるし救いになるのだろうなと感じた。 祖母は喜怒哀楽の怒と愛が強烈な人で、今夜が峠ですと枕元に集められた孫たちの向こう、遅れて東京から駆けつけた母の顔を見るなり、すごい勢いで叱りつけた。そんな力どこに残ってたんだろうと呆気に取られてしまうほど、剥き出しで全力で不機嫌を表明した。祖母はその晩から峠を5夜連続でドライブし、みんなの憔悴が残してきた仕事への心配に代わる頃。一人火の番をしていた私は、突然ベッドの上で眠っていたはずの祖母にガシッと腕を掴まれた。あんたが可愛い、と祖母は言った。チューブの中の歯磨き粉を絞り出すような声だった。うんこを我慢しているような苦悶の表情だった。可愛い。もう一度言った。とても不本意そうに。一生の秘密を告げるように。重々しい口調で。私だけが聞いた祖母の最後の言葉だった。 葬式が終わった後、私は母にその話をした。そして、おばあちゃんは私をお母さんと間違えたんだと思う、と付け加えた。それは半分本心だったし、半分リップサービスだった。祖母の目はしっかりと私を見据えていたが、人生最後の祖母の激情を受け止めるのに、初孫は役者不足に思えた。それに、これは葬式の後で、しんみり語るのにふさわしいストーリーだ。 それはない、と母は答えた。ぎょっとするほど強い口調は、私の腕を掴んだ祖母の力強さを思わせた。声は震えていたけど、涙は見せなかった。それはない。有無を言わさない強さで、もう一度母は言い切った。 あれはたぶん、母の一生一度の絶唱だったのだと思う。思い出すたび、私はそれを、母自身の手で、詩だかエッセイだか小説だかにしたものを読みたいという気持ちが高まる。それは、あの時の母の表情を、私が勝手に「怒りに満ちた」とか「恨みに囚われた」とか表現するより、ずっとフェアで価値があることだ。 だから、これからの人生で心を動かす予定のある人間は、みんなこの本を読んだらいいんじゃないかな。そうして書き上げたものが、あなたの周りの人を救うかもしれないし、公共の福祉になるかもしれない。 あとがきにも書いてあった通り、この本は書くことについての効果的な技法を教えてくれるマニュアルじゃなかった。この本の主題は、物書きの哲学や書く時の心構え。右脳的アプローチ。私が明日までに取りかからなければならないブランドの変遷や歴代社長のメッセージを書くのには、正直まったく役立たない。でも私の人生たった一度の瞬間、書くことで救われるために、この本を読めたことは大きな財産になったと思う。 自己表現だけが目当てなら、ただすわって日記帳を広げて綴ればいい。「今日は幸せ。恋をしたから。彼のこと愛してるわ。彼ってすごく可愛いの」。他人が読んだら退屈してしまう。自分以外の人とのコミュニケーションをめざすなら、直情をやり過ごし、対象にもっと踏み込んで細部を尊重し、そのありのままに触れなければならない。 誰かに話せば楽になるという言説を、私は納得していないけど、この意見の肝は誰かに受け取ってもらえる・リアクションをもらえることじゃなくて、コミュニケーションをめざす心持ちそのものがもたらす効果なのかもな。いつか必要になる時のために、ずっと手の届くところに置いておきたい本。
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