
momo
@momo5
2026年10月1日
読み終わった
自分もなんだかんだ「良い子」の分類で人生生きてきた。
両親の職業柄、小学生の頃から「〇〇の娘さんだよね」と知らない大人たちから声をかけられ、「みんな自分を“〇〇の娘”だと知っている。しかも両親は評判が良さそうだ。良い子でやっておかないと。」と何の疑いもなく思っていた。
ポジティブに捉えれば“〇〇の娘”というだけで一目置かれ、期待され、守られてもいたのだと思う。でも思春期になるにつれそれがすごく嫌だった。
「良い子」であることを求められている、「良い子」で当然だと思われていると感じ、当時の私は「そんなに思い通りになるものか」と大人たちからの期待に背こうと、グレているようなフリをしていた。(なんて黒歴史なの!恥ずかしい!普通に厨ニ病だ!!)
母親には“どうせ大学目指すと思ってるんだろ。思うようにいくもんか。”と無意味に反抗し、「高校卒業したら働くんだ」とか豪語していた時期もあった。
結果、ちゃんと大学に進学した。しかも両親と同じような職業に就いているし、「良い子」に戻っていた。
置かれた環境の不満はあったが、恵まれていた方だと思っている。今思えばただの反抗期だし。
とはいいつつ、親の職業と「〇〇の娘さんだよね」の言葉は私の人格形成に少なからず影響を与えたと思っている。そう思うことでしか、自発的に自由に生きられなかった過去の私を肯定する術がないのかもしれない。



