
ケイ
@flyingkei
2026年10月1日
二月のつぎに七月が
堀江敏幸
読んでる
365〜467ページ
「二月の次に七月が来た」という、本作のタイトルにつながる言葉が登場した。なるほど、阿見さんの読んでいるアミエルの『日記』に出てくる言葉だったのか。
忘年会と同じく、花見の会も回想でしか語られず、作中で描かれる「いま」は常に何でもない日常である。その日常のなかに、体調不良であったり詐欺未遂であったり長い時間をかけて実を結んだ恋であったりが伝聞や報告によって溶け込む。季節は静かに移り変わるが、ゆっくりと進む日常が突然「二月の次に七月が」来るような節目を見せる。留まっているようですべては進んでいて、進んでいくいちば食堂の中から阿見さんの姿はしばし消える。
暗算の答えを自ら告げた阿見さんの一歩は、何かを大きくは変えない。そのことに少し寂しさを覚える阿見さんの、「帰る場所、帰る家だと言い切れるところはなくても、立ち寄るところ、停泊地はある」という思いの背景に、いちば食堂が見える気がする。しかしそのいちば食堂は、本当に変わらないのか。何でもない日常の底で進む小さくとも確かな変化が、どのようにいちば食堂と阿見さんに覆いかぶさってくるのか、じんわりとした不安も感じ始めた。

