
末素旌児
@stentoridae
1900年1月1日
ほんのこども
町屋良平
かつて読んだ
今のところぼくの中での町屋良平の最高傑作。小説の可能性というものを小説自身で描こうとしたら小説の中で語る者も小説になる。にしないと小説を借りた批評本になってしまうからということだろうか。これを刊行した後町屋さんは「小説の死後──(にも書かれる散文のために)──」を書いているけれども、この言葉を選んだとき、町屋さんの中では未来に死ぬ小説のことではなく既に死んだ小説のことも念頭にあったのではないか。次の長編は『恋の幽霊』で、それは文字通り人でも小説でもなく恋の幽霊についての小説なわけだけれども、本当はその執筆のスマホ(パソコン?)を打つ指の外に小説の幽霊もいたのではないだろうか。
と思わせるほど『ほんのこども』の中の小説は生きていた。
『ほんのこども』には「本の子ども」という意味合いと「(まだ)ほんの子ども」という意味合いがあるため、この小説自体のタイトルのイントネーションはどうなるんだろうと長いあいだ思っていたのだが、YouTubeで町屋さん本人が前者つまり「本の子ども」の発音で話していた。
という話を浅草で町屋さん本人に話そうとしたところその話をぼくがし終わる前に「ね〜そうですよね〜ぼくにもわからないんですよね〜」と言われた。ぼくがものすごく野暮で、本当はわかってはいけないものをわかろうとしたのかもしれなかった。
