しおり "「好き」を言語化する技術: ..." 2026年10月2日

しおり
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@Kaffee5888
2026年10月2日
「好き」を言語化する技術: 推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない
まず第一に私は「推し」という言葉が好きではない。なんだか、「好き」とかそういう言葉から逃げているような感覚になるからだ。せっかく言語があるというのに「推し」の一言で包んでしまうのは勿体無いと思っている。 今回読んだ新書は推しという存在を色んな人におすすめするために「やばい」以外の言葉で表現してみよう!というのが本筋になっている。 「推し」という言葉にすら嫌な気配を感じている自分にとっては必要な技術だ!と思って読んだ。 映画や漫画、小説などを鑑賞した後に誰かの意見や感想を挟む前にメモを残しておくこと、これは結構大事なことだなと思った。鑑賞後はかなり気持ちが舞い上がっているので、いちはやく誰かと気持ちを共有したい!が勝る。だが、誰かの言葉を見た後だと少しだけ冷静になってしまうことがある。それは結構勿体無い。ひとまずは「何が良かったのか」「何が自分にとって共通項、あるいは今までにない体験だったのか」などをメモに残していくことは自分の今後の好きにも繋がるし、ひいてはこれまでの「好き」を思い起こすことにもなる。そして数年後、もし「推し」が「推し」でなくなっても「好き」だけは残る。そういう感情は、大切にしていきたい。 ちょっと思ったのが、書内には「推し」は「好き」を包んだ言葉として使われていたが、最近の「推し」というのはもはや「信仰」のように使われているような気もするなぁ…と自分は思っている。その人が何してもいい!みたいな…ちょっと推し活というのが強いものになっているような…???気がするのは自分だけかな…
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