
あんどん書房
@andn
2026年10月1日

作家と本屋
平凡社編集部
最初の方からもうわかりみが深い文章だらけだが、横尾忠則の『「画家」改め「買書家」宣言』はもう、これですよ。
“こんなにたくさん本を買うものだから、どれから読んでいいか迷っているだけでどれも読まない。[…]
今日もこの文章を書いたあと本屋に行くつもりだ。午前中三冊買ったので別の本屋に行こう。もうこんなに本を買うなら、この行為をいっそ芸術行為にしてしまったほうがいいと思うくらいだ。”(P16)
いや絶対この人は自分より読んでるはずだけど、この気持ちはもう全積読家の本心でしかないな。
芥川の「田端日記より」では「空き地にアセチリン瓦斯をともして、催眠術の本を売っている男」(P23)が出てき、現実が小説みたいな時代があったんだなぁ。
小川未明が紹介している「書を読んで、悉く信ずれば、読まざるに如かず」という諺は耳が痛い……。
寺田寅彦「丸善と三越」。世界の情報が次々と溢れ出てくる丸善の洋書新刊台を熱海の間欠泉に例えているのが面白い。今のSNSなんかを見たら何と例えただろうか。火山噴火?
“これらのたくさんの書物のまだ見ぬ内容が雲のようにまた波のように創造の地平線の上に湧き上がって来る。その雲や波の形や色が何であってもそれはかまわない。ただそれだけで何かなしに自分の目は遠い所高い所にひきつけられる。”(P47)
やっぱこの人文章上手いなぁ。貸せ、随筆とはこうやるのだ…と言われているような気持ち。
“古いものを新しい目で見るのや、新しいものを古い目で見るような暇つぶしの仕事は、忙しい今の時代には、暇人の道楽でなければ、能率の少ない事業として捨てられなければならないと見える。”(P49)
これはもう昔も今も同じなんだなぁ。
千早茜さん。小説家になった原点がかなり面白い。アフリカで過ごした幼少期、日本からは毎月五冊の本しか送ってもらえなかったので、日本には本が少ないのだと思い込んでいたという。それで自ら書いて増やさなきゃってなるのがすごい。
眠い時に本を読むと、一つ一つの文章が過剰に胸を打つ感じがするのは自分だけだろうか? 夢の中で大したことをない思いつきを「天才だ!」と思ってしまうようなあの感じに近いと思うのだけど…。
そんななので、長野まゆみさんの「書棚の空きスペース」の入り方のダイナミックさも余計に響く。いつもなら軽く流してしまいそうなところにいちいち立ち止まってしまうのでなかなか先に読み進められないのが困る。いやでも雨、ヴァニティケース、少年愛の美学……これは天才的導入。
松岡正剛「極上の迷宮」。最初から正剛節全開。
“私の場合は小学校、中学校、高等学校時代のそれぞれを一軒ずつの「本屋さん」が支配していた。それは豊饒で甘美で、やけに挑発的な支配者であった。”(P72)
中盤はややしんみりと回想しているのだが、ラストの畳み掛けがすごい。自由緊張、アンビギュイティ、内面宇宙、ファジーな書店……。
岡崎武志「古本屋の作法指南」。この文章が入っているはずの『古本大全』を全然積んでるので初見。
ここに出てくるような無愛想な古本屋、さすがに絶滅危惧種じゃないかなぁ。過剰なサービスとまでは言わずとも、「いらっしゃいませ」ぐらいは言わないと昨今はGoogleレビューが大変なことになりそうな…。いやそもそも分かってる層しか来ないから大丈夫なのか……?
山本善行「古本泣き笑い日記より」。ちくまのベンヤミンコレクションとかチェーホフ全集とかが百円のブックオフ、いつの時代のどこのお店???
上林暁は本当に私小説上手いなぁ。無気力な亭主の古本屋とジャケツを着て編み物をする女の古本屋、どちらで本を買うかという葛藤。ごく短い描写しかないのにそれぞれに人生の哀切みたいなのが浮かんでくるのがすごい。そしてしみじみしながらも、ちゃんとオチをつける。上手い。
内堀弘「耽奇日録より」。当時隆盛の新古書店に苦言を呈しつつ、斜陽にならないのだろうけど…みたいに書いているが、全然斜陽になっちゃいましたね。
皆川博子「書物の森を旅して」は取材のためドイツを訪れた話。シュレスヴィヒ・ホルシュタインの資料を探すために訪れたハンブルクの古本屋は、市がホームレスに職を待たせるために作った店だという。すごいなぁドイツ。
穂村弘の文章は唯一読んだことがあった。
pha「蟹ブ店番日記より」。こういうアンソロジーにZINEから収録されることあるんだ。そりゃ知名度もあろうけど、きわめて今っぽい。
読み応えのあるアンソロだった。丸善の名前がめっちゃ出てきたけど、かつての丸善は文人たちが洋書を求めに行くお店だったんだなぁ。洋書どころか翻訳物も縮小されていく昨今だけども。
あと化粧品とか本以外も取り扱うのは昔からなんだなー。
他にも戦時下の書店の商品のなさについて書いている文章もいくつかあり、溢れるように本がある時代に生まれて良かったとつくづく思う。
本文書体:秀英明朝
題字:塩川いづみ
装丁:佐々木暁



