いぬい "料理と利他" 2026年9月30日

いぬい
いぬい
@inuiru
2026年9月30日
料理と利他
料理と利他
中島岳志,
土井善晴
どういうこと? と思ってタイトル買いしたまま積んでたやつ。「利他プロジェクト」というやつの一環で行われたオンライン対談がもとになった本のようだ。土井先生のことは「一汁一菜のひと」くらいしか知らないんだけど、読んだらべつに毎日一汁一菜でいいみたいなことは言ってなかった。 あまり「美とは」とか「善とは」とか考えたことがなかったんだけど、土井先生のなかでは美と善は結びついたことのようだ。「真善美」というやつ。そして、美、という対象があるというよりは、何かと何かのかかわるところに発生する、何かしらよいもの……を、美という。たぶんそういう話を「人間♡物♡自然♡人間♡人間」と表されていたので二度見した。 45p " すべての美しいものというのは、ひとつだけでは美しく輝かない。他者によって、こういうふうに、人間と物と自然のあいだにある「 ~と ~」の「と」のところに、ハートマークのような大切な美が生まれます。" 西洋の料理は「創作(クリエイション)」だけど、日本の料理はもう少し何か、自然との対話、食べる相手との対話みたいな感じがある……というのも興味深かったな。 「食べる側がクリエイションしろ、醤油なりチーズなりかけるがよろしい(そうは言ってない)」みたいな話、なんとなく観客に精神の成熟を求めるアリストテレスみがあって面白かった。 100p " 中島  先生がおっしゃったように、これが今まであまり注目されてこなかったというのは、料理というのはある種、残りにくいものですよね。食べちゃうものですから。 土井  そう、残らないんです。時間をかけてつくっても、あっという間に食べてしまいます。だからこそ、その料理することに意味があるんですけど、なくなるものをつくることが辛いのです。" 「なくなるものをつくることが辛い」って、なるほどなあって気がした。人間の欲求として「何か残したい」というのがあるってのはよく聞く話で、料理のような、いわゆる日々の労働はその対極なんだよな。SNSにおべんとの写真を載せるとか、日々の食事を記録するみたいなのは、ある意味それに対する抵抗なんだと思うけど、「料理」は「考えること」なのであって、できたもの、おいしいとかおいしくないとかはまあ結果に過ぎないと……そういう話と私は受け取ったが実のところはよく分からん(対談なので話もあまりまとまってない)。 ただ、私が日々、あれこれ読んだり書いたりしていることも、特に何の役にも立たないし何も残らないんだよな……とは思ってて、でもそれもやっぱり料理みたいなものなんだよな、と(実際、私は書くことと料理することはとてもよく似てると思ってたんだけど、考えてみると読むこともそうだな。どちらも「かかわり」なんだと思う)。
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