サブレとポッポの往復書簡 "月とアマリリス" 2026年10月3日

月とアマリリス
月とアマリリス
町田そのこ
初読から一か月、改めて読書ノートを書きつつ、再読しました。 美散も茂美も、そして家原さえも、本当はただ、自分の事を見てほしかった。愛してほしかった。それだけだった。だから、その時の自分が考え得る限りの手を尽くして、愛されようと振る舞った。ただその方法が、たまたま間違っていただけ、気持ちを向けた相手が、たまたま悪意のある人間だっただけ。それでも、運命っていうものは簡単に変わってしまう。良い方にも悪い方にも。更に人間自身、決して心が強いわけでもないし、聡しいわけでもない。時には取り返しのつかない間違いを犯してしまったり、不運に巻き込まれてしまったりもする。かといって、それらは決して、全てを当人たちだけの自己責任と決めつけてしまって、本当にいいのか? どうしようもなく、同じ境遇にあった者同士が共有し合った思い。心の弱さ。自分の力だけでは、もうどうすることもできなかった状況、愛されるためにそうせざるを得なかった事実。これらに対して、全て外の世界の他人事として片づけてしまうのではなく、少しでも当事者たちの抱き続けてきた心、状況、思いを馳せてほしい。声として聞こえないだけで、でも確かにあなたの生きている世界の外に、そうした世界が存在しているということを、いちど想像してほしい。 『月とアマリリス』という作品で、町田そのこさんが伝えたかった思いは、終盤でみちるがまとめあげた事件記事として語られている上述の内容に集約されていると、読み直しながら改めて感じました。 プロローグの回想場面で描かれる美散の心理描写が、七章、八章と終盤になって次々と回収されていくのには、文章そのものはとても丁寧で繊細なのに、同時に勢いも感じられる不思議な感覚を覚えました。 それは、それぞれの『ミチル』が共有する卓球のラリーの思い出を彷彿とさせる、そして帯のキャッチコピー『声なき声が届くなら、今度こそ記者を諦めない』にも通じるかのような怒涛の展開です。 最終盤、小倉の劇場にて、美散の発言の回想から始まる、決意を固めるみちるの心を描いた一節。 『これからは自分自身に誇りを持ち、自分自身を誰よりも愛し慈しんで生きていこう。そこで得た強さと共に、私は私の信じた道を歩む。その道は私一人ではなく、色んな人と共に歩むのだ』 私は、物語全体としての結びと捉えました。 人生、良いも悪いも引っ括めて全て、人は人とは繋がりあっていて、その上で、過去も今も、そして未来も全てが繋がっていくのだ、と。その全てがつまったみちるの、そして読了した私の決意だとも思えたのです。
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