
ユメ
@yume_bookworm
2026年9月17日
黄昏の岸 暁の天 十二国記
小野不由美
読み終わった
感想
再読
陽子の提案で各国の王と麒麟が協力して泰麒を捜索するくだりには、本当に胸が熱くなる。
『華胥の幽夢』に収録されている「帰山」によれば、尚隆と利広は前者が延王として即位して500年が経った今なお、公の場で顔を合わせたことがないという。つまり、十二国の世界において各国はそれほどまでに没交渉が基本なのだ。
その慣習を打破する発想ができたのは、陽子が現代日本の生まれだったからに他ならない。胎果なのは尚隆と六太も同じだが、彼らは室町の戦乱の時代に生を受けたのだから、国を越えた互助という概念を持ち合わせていないのも当然だろう。
現代に至るまで人類はずっと愚かな争いを続けているけれど、その一方で、無用の戦いを避けたり、起こってしまった戦乱からひとを救ったりするためのシステムも考案してきた。
それらを十二国の世界にも持ち込めないかと思案を重ねる陽子の奮闘を見ていると、人類は進歩もしているのだと信じたくなるし、こちらの現実世界においてもそうした国際機関が正しく機能し続けられることを祈らずにはいられない。
渋る尚隆を説得したのち、この恩を返すのは「延王が斃れたときに」と不敵な発言をする陽子は、本当に強くなったなと感慨深かった。愚痴を溢しながらも各国の取りまとめをしてくれる尚隆も格好いいし、実際に泰麒のために他国の王と麒麟が呼びかけに応じてくれるのにも感無量になる。
『魔性の子』の終盤で、泰麒は徐々に十二国の世界のことを思い出してゆくが、それが彼を捜しに来た麒麟たちの残した金色の気配——つまりは彼らの努力の跡のおかげなのだと思うと胸が詰まって言葉にならない。
そして、李斎。胎果の景王なら覿面の罪を知らないだろうと金波宮に助けを求めた李斎だが、彼女がどれだけ追い詰められ、戴の行く末を憂いていたかを思うと、私はその行動を責められない。
それに李斎は、慶の民と戴の民の双方に想いを馳せる陽子の誠実さに触れるうち、きちんと自らの考えを改めた。どれほどまでに軍勢が欲しかっただろうに、そこで自身の過ちを正せる李斎も誠実だと思うし、それが陽子たちに伝わったからこそ、十二国の世界史上初の各国が協力する一大プロジェクト——泰麒の捜索へと繋がったのだろう。






