一年とぼける "触発する言葉" 2026年10月4日

触発する言葉
触発する言葉
ジュディス・バトラー,
竹村和子
相変わらず竹村和子さんのあとがきという名の素晴らしい要約、解題を読まなければ(読んでもなお)難しい。ヘイトスピーチと表現の自由を中心とした「発話」を巡る行為(体)と権力との緊張関係、それにまつわる全方位的批判、またそれと矛盾するかとも思える程の循環に見紛えるこんがらがった(攪乱された)省察。あとがきや解説にある様に、基盤の解体を企図するバトラーの論述は共通理解への忌避にさえ思える程に分かりづらく読みづらくもあった。訳者あとがきに 「一般的に言っても、「常識(コモンセンス)」の壁を突き破ろうとする思考は、その含意のすべてを読者が瞬時に理解し同意して、新しい「常識」、新しい「共通理解」へと導くものにはなりにくい。事実バトラーが批判の眼を向けているのは、本書でも明らかにされているように、まさにこの「共通理解」や「常識」の陥穽であり、その表面上の安易さである。」p314 とある。バトラーの文章が読者にとってある種ままならないこと自体に意味があるとも言える。ままならない読書の中で拾えた意味や理解から、上記の引用に賛同したい気持ちも強くあるが、「常識」へのチャレンジとしての悪文性以上に、単純に悪文書きだという要素もあるんじゃないだろうか。悪文性から勝手に作者の価値を見出してしまうのは、心酔と同義だと思うので、この悪文についての切り分けには思い悩む。読んだ中で感じたままならなさは、どこまでが常識が揺さぶられた経験だったのだろう。 2020年に追加された序文を読後に改めて読み直すと、『触発する言葉』当時の言論・社会空間の土台と考えていたものが、特にトランプ登場以後の世界では崩れてしまったとバトラーは捉えているのだろうと思う。基盤の解体を企図した文章は、その土台を崩された現代においてどの様に機能するのか。読者は読みながら、文意そのものの再構成を強制される。正直、研究者ならまだしも一読者にはあまりにハイコンテクストで荷が重いと思った。これなら正面からジェンダー・トラブル文庫化してくれた方が、と思うけどあっちはたぶん文庫化しなくてもまだ売れてんだろうな…。
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