
はな
@hana-hitsuji05
2026年10月6日
いのちの食べかた だれも教えてくれない、世界のヒミツ
ヨシタケシンスケ,
森達也
まだ読んでる
図書館本
図書館で借りた
第2章 お肉はどこからやってくる?
「屠殺」とか「と場」という言葉を知っていたけれど、それが実際にどうやって牛や豚を殺して解体しているのかは知らなかった。
絵本「もうじきたべられるぼく」を読んだ時、自分が食べている肉も命として始まっていて、こういう気持ちで死んでいったのかもしれないと考えるきっかけになったけれど、そこから先には進めていなかった。
この本の第2章でいよいよ具体的な方法を読んで知る。
「ぼくら人間は、とんでもなく多くの数の生きものを殺しながら生きている」
「虫たちが悪いわけじゃない。ただ、かれらの存在がぼくらにとって迷惑なだけだ」
肉を食べるために、食べ物を食べるためだけにではなく、人間が生きていこうとしたら、色んな生きものがその周囲で必ず沢山殺されている。文字通り人知れず。
私は虫が嫌いで、嫌い過ぎて殺すことなんて出来ない。でもたんぽぽの綿毛を見つけたら摘んだことがあるし、そのことに胸を痛めたことはなかったと思う。私はどこからどこまでを命だと思って生きてきたんだろう。
思考の停止、自分の感覚が鈍くなっている部分について考える。
第2章の最後のページは全て引用したいくらい濃密。
私たちはよだかみたいに星にはなれない。
「何もできないと思うかな。でも、それは違う」
「それは知ることだ。知ってそのうえで、生きてゆくしかない」
LUSHを好きになった時、動物実験に反対していて、そこで初めて人間が使うものには動物が使われていることを知った。
私は去年までビーグルを飼っていて、その子は15歳で死んだ。動物実験にビーグルがよく使われているなんて、読みながらいま知った。マウスやウサギが使われていると思っていて、ビーグルもなんて知らなかった。
ヘラクレスオオカブトは殺さないけど、蟻ならいいのか?マウスなら実験に使われても「あぁそうだよね知ってる」と思って、ビーグルもだよと言われると、ショックなのか?
私は人間は殺してない。でも、他の周囲の生きものを殺さずに生きることは出来ない。わかっていたことなはずなのに、この気持ちはなんなんだ。
「長く目をそむけているうちに、自分が目をそむけていることすら忘れてしまう。こうして知らないことが多くなる」







