
ジクロロ
@jirowcrew
2026年10月6日
随筆集 明治の東京
山田肇,
鏑木清方
読んでる
今の子供は考えもしないだろうが、私どもちいさい頃には仏家のいう前世をきっとあるものと思っていた。鏡花君の小説には「知らず前(さき)の世のことなりけむ」という文字が出てくる、私は今でもこの文句が何でもない時ふと唇頭に泛(うか)ぶことがある。夢で見たのか、幼い時の何かの印象が、かの潜在意識というので現われて来たのか、そうした現象にあうと、ああ「さきの世のことなりけむ」とすぐ思う。
どういうものか未来の方はあまり考えないが、前世はあればいいと思っている、もっとも己の前生が嫌いな人だった時は困るけれど……。
(『心のふるさと』)
今を生きていて、前世を偲ぶということ。先のことに対する不安に生きるよりも、ずっと穏やかな心持ちになれるという気づき。前世のことに思いを馳せることで、「前の世」が今の自分を見守ってくれているような気がする。
この本の内容にざっと目を通したところ、この『心のふるさと』は、うまく説明できないけどどこかぐっとくるところが全体としてある。
はじめて読んだのになつかしさを感じるあたり、著者がめいめいの読者なりの「さきの世のことなりけむ」を感じさせるために書いているのだとしたら、と考えてみるのも面白い。

