
やん
@grilledyangyang
2024年6月2日
聖書の読み方
大貫隆
読み終わった
かつて読んだ
聖書がなぜ読みづらいのか、信徒の間で使われる用語や暗黙の了解を丁寧に紐解きながら、逐語霊感説や聖書無謬説、信者の暗黙知に囚われず「自由に読んで良い」と背中を押された気持ちになった。
何となく「こんな読み方でいいのか」と敷居が高く感じていたが、気が軽くなった。
以下、雑メモ。
・キリスト教という電車に「乗る勇気」と「降りる勇気」信徒にしか分からない言葉や解釈から一旦離れ、フラットに読む。
・それぞれの文書には、書き手の個性や背景がある。一人が書いたものではないので、書き手を尊重して、それぞれの文書はそれぞれの文書で読む。
・説教などで一部のつまみ読みをするのではなく、文書ごとのつながりで読む。
・真の経験は遅れてやってくる。

