ユメ "白銀の墟 玄の月 第三巻 十..." 2026年9月20日

ユメ
ユメ
@yume_bookworm
2026年9月20日
白銀の墟 玄の月 第三巻 十二国記
初読時はとにかく無我夢中で壮大な物語を追いかけていたのだが、今回の再読では「もし自分が戴の民だったら」と何度も考えさせられた。 私は、驍宗が生き永らえていた理由が、「轍囲で驍宗に救われた民の子孫が、亡くなったと思っている驍宗への感謝を忘れず、偽王の非道を認めないために川へ流し続けた供物のおかげ」であったことにどうしようもなく涙腺を刺激されるのだが、改めて読み返すと、果たして自分はこの民たちのようで在れるか?と問われているような心持ちになる。 飢えに喘ぐ生活の中で、自分たちの分の食糧を減らしてでも供物を捧げ、先祖に対する恩義を忘れず、偽王に対して精神的に屈しない。そんな誇り高い生き方が、私にできるだろうか。 のちに驍宗が戴の民のことを「堪え忍ぶに不屈、行動するに果敢」だと評しているが、戴国の物語が四巻であの結末を迎えられたのは、驍宗と泰麒、その麾下の力だけでなく、こうした気質を持つ戴の善良な民一人ひとりの力が合わさってのことだと思う。 函養山の縦坑の中に閉じ込められながらも、驍宗が壁面に暦を刻んで折節の祀——王の重大な務めを絶やさなかったというエピソードも本当に好きで、この逸話ひとつ取っても、玉座を簒奪しておきながら政務を放棄する阿選とは器が違うと思わされる。 驍宗がこうした人柄だったからこそ、民に慕われ、そのことが巡り巡って驍宗自身を生かしたのだ。
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