
あんどん書房
@andn
2026年10月7日
鶏まみれ
繁延あづさ
コロナ禍で職を辞した夫の一言で、それまで長男が行なっていた家庭養鶏を拡大し、養鶏場を始めることになった著者。しかし、規模のある養鶏場では産卵期を過ぎた鶏たちが「廃鶏」されることを知り、なんとか親鶏を捌いて命を最後まで頂くことができないかと思案する。
ただ、鶏肉を販売するためには「食鳥処理衛生管理者」の資格が必要であり、その要件を満たすために著者が選択したのは「食鳥処理の業務に3年従事する」ことであった——。
という経緯が始めの50ページぐらいで詳しく綴られている。家庭のことなど含めてかなり赤裸々に書くんだなぁと思った。その誠実さがすごい。
本書の構成的に面白いのが、明朝体で書かれる家族とのエッセイパートとゴシック体で書かれる食鳥加工工場でのルポパートが交互に並べられているところ。自身の養鶏では風が吹き抜ける谷間に作った養鶏場でひよこたちと向き合う優しい時間が流れるのに対して、工場のルポはあまりにも壮絶。ものすごいスピードで流れてくる鶏の首をひたすら切りまくって血や体液まみれになったり、1羽につき6秒で過食部をより分けるベテランおばちゃんが登場したり…。
全く異なる二つの世界が並んでいて、そのどちらもがリアルなんだというのがすごく不思議な感覚になる。
ただ、家族のパートも(著者から見ると)見切り発車的だったり、時には生活費も借金して養鶏に集中した方がいいなんて言う夫との関係性に緊張感が……。本当にそんな賭けみたいに始めてしまって大丈夫なのか。。と読んでてちょっと心配にもなる。
本書は著者自身の養鶏、工場体験を起点として、社会の中で当たり前として受け入れられている様々な「空気」に疑問を呈する一冊だ。
作業に慣れてしまい、血まみれで機械的に鶏を処理することに違和感を抱かなくなっている同僚たち。
食肉の仕事が「誰にでもできる」から最低賃金になっていること。
精肉部門では主婦のパートや外国人労働者が多く働くのに対し、解体の部門には障害者や後期高齢者が多くあてがわれていること。
農業や養鶏といった分野で「付加価値」ばかりに光が当てられて、付加価値がつかないものが透明化されてしまっていること。
“いまの私からは、こう見える”という著者自身の個人的な体験から提起された問題だが、かなり射程の広い問いかけになっていると思う。
写真家でもある繁延さんによる写真はどれもかなり良いのだけど、そんな中で特に胸を打たれた一枚がある。
P297、首切りを一人で担う山崎さん(仮名)の写真がすごい。逆さに吊るされて次々と流れてくる鶏の首をナイフで切り締めてゆく姿が逆光によりシルエットになっている。ラインは奥から流れてきているのだろう。左手で押さえた鶏の頭から滴り落ちる血。そして手前に流れてゆく死んだ鶏は暗い陰に。ポツポツと流れてゆく血。
ルイス・ハインに匹敵するようなすごい写真だ……。
本文書体:本明朝Book新がな、こぶりなゴシック
装画:アジサカコウジ
装幀:セキネシンイチ製作室
