
綾鷹
@ayataka
2026年8月16日
ババヤガの夜
王谷晶
暴力を唯一の趣味とする主人公の新道依子が暴力団の会長令嬢・内樹尚子を護衛し、逃避行を繰り広げるシスター・バイオレンス・アクション。
男社会で暴力を武器にする新道の強さがかっこよくてわくわく!
こんなにthe暴力、the殴り合いな話は読んだことなかったけど面白かった。
そして新道と尚子の友情とも恋愛とも違う、それでも背中を預け合う関係性がよき。
・「どうして、そんな話を私にする」
「お前が余所者の半端者だからだよ。同じ組の連中にこんな愚痴こぼしたら、指が飛ぶ」
「私が告げ口したら?」
「誰がお前の言うことなんか肩じると思う。この業界はな、こと信用においては聖母マリアさまより泥棒乞食でも男の方が上なんだよ」
けらけら笑う柳に背を向ける。
「どうした。悔しいか、一丁前に」
「餓鬼じゃないんだよ。そんなことはとうの昔に知ってる。何が“この業界”だ。世の中みんなそうだろう」
「ほう、若いのになかなか達観してんな。そうよ、この世はろくでもねえ。何事も諦めが肝心だ」
新道の足元にぴんと吸い殻を弾き飛ばし、柳はふらふらとどこかに去っていった。
・昔の声色が頭の中で魅る。最近の尚子は、広島時代のハンサムな青年からまた容姿を変え、ややくたびれた親父然とした風体に変化しつつあった。この街ではそれが一番溶け込める。無口で、無愛想で、ガタイは小さいがなかなか男前の、腕はいい職人。新道はその「訳ありで籍は入れていないが長年連れ添っている古女房」というふうに、自然と認識される。おたくんちはノミの夫婦だね、と言われたりもする。男に見えるものと女に見えるものが一緒にいれば、すなわちそれは夫婦と見られる。カタにはまった世の中ほど騙しやすい。一度カタにはまったふりをしてしまえば、誰も新道と尚子が本当は何なのか、どういう人間なのか、気にかけない。
本屋の店先を眺めたり、定食屋でテレビを見ていると、最近さかんに本当の自分とか、自然な自分とか、自分探しとか、そんな言葉を目にする。しゃらくせえ、と新道は思う。今ここで生きている自分と尚子は、偽物だが偽物じゃない。どこまでも自分自身だ。まったく、しゃらくせえ。
