
読谷 文
@fumi_yomitani
2026年10月9日

毒殺村 二〇世紀最大の「夫殺しカルト」
ホープ・リース,
広瀬恭子
読み終わった
20世紀初頭のハンガリーにおいて、史上類を見ない連続毒殺事件が発覚した。その被害者数300人以上。
被害者はたいてい年老いた夫で、加害者はほとんどがその妻だった。
本書はアメリカ人のフリーランスライターがこの事件を追った、迫真のノンフィクションだ。
概要だけ聞くと、どれだけ極悪非道な事件なのかと思うだろう。
しかし本書を読み進めていくと、すべてのエピソードに既視感を覚えるのだ。
冒頭の献辞「出口を探し求めたことのあるすべての女性へ」に胸を突かれるのだ。
事件の舞台となったナジレーヴ村は、出口も入口もひとつだけの隔絶された貧しい寒村で、他所者を警戒するひどく閉ざされたコミュニティだ。
ほとんどの者が重労働かつ危険極まりない農作業に従事しており、日に14〜16時間ほど働かねばならない。
テレビ、ラジオ、電話はなく、無料の義務教育を12歳で終えると直ちに労働力となることを求められ、読み書きできない者も多かった。
女は未婚か既婚か行き遅れのいずれかに分類され、結婚は早ければ早いほどよしとされる。
結婚が意味するのはあくまで農地の相続に関わるものであって、当人同士の愛に基づくものではない。
女が独身のままでいつづけることは、周りからも身内からも差別や迫害の対象となるため、村で生きていく限りはほぼ不可能な選択肢だ。
結婚した女は日常的にに夫からの暴力に晒されているが、家庭内暴力=ドメスティック・バイオレンス=DVという概念はまだなく、瑣末な出来事としてスルーされ、事件になったりはしない。
家長たる男が身内をどんなに酷い目に遭わせようとも、それが神から与えられた特権だと信じている。
避妊という概念も、性と生殖に関する権利=リプロダクティブ・ライツという概念もないため、養える以上の子供を妊娠しても、悪いのは女だとされ暴力を受ける。
女たちは助産師に協力を求めるか、または自らの手で堕胎を試み、それが叶わなければ、出産後に赤子を殺める。
村人同士は密接に固まって暮らしているため、柵越しに隣家の状況は筒抜けだ。
どうしたって日常的に暴力を目にせざるをえない。
どうだろう。地獄すぎないだろうか。
しかし、これが特殊だともまったく思わなかった。
世界中で似たような状況はいくらでもあっただろうと容易に想像できるからだ。
朝ドラでいえば、「おしん」では泉ピン子演じるおしんの母が、堕胎をする為に真冬の山形の川に浸かっていた。
今季から始まった、宇野千代をモデルとした「ブラッサム」でも、主人公の父の傍若無人ぶりが記憶に新しい。
✴︎
ヒ素を用いた毒殺自体は、ナジレーヴが初めてではなく、それ以前から存在していた。なぜならそれが彼女たちにとって最も入手しやすい道具だったから。
帯にもある本文中のアトウッドの——何とも空恐ろしく背筋を凍らせる——言葉「蠅取り紙でしょ。人気があったのよね!」のとおり、ある程度普及していた殺害方法だったのだ。
ではなぜ、ここまで大規模な毒殺事件がナジレーヴで起きたのか。
もとより暴力が日常的にあった場所に、第一次世界大戦と、まともに働かない牧師による宗教的ネグレクトともいえる状況、道徳は薄れ年配の女たちが規律となっていった村——という何重ものトリガーが仕込まれてしまった。
帰還兵による暴力とアルコール依存。
これもまたあらゆる場所で見聞きする話だ。
戦争という巨大な暴力装置が、帰還後にも家庭内で再生される。
戦争によって障害を負い、働けなくなり家でじっとしているしかない夫。
戦時中に女だけの力で地域と仕事をまわしてきた妻。
労働力・経済力こそが夫の価値だという社会で、働けない夫はあからさまにお荷物扱いされる。
鬱憤が溜まる。酒に溺れる。酔った勢いでその鬱憤を晴らす。多くは妻相手に。
地獄だ。
その地獄から逃げ出したいと心から願い、手段があって、仲間に誘われたら?
私なら間違いなくやるだろう。
✴︎
本書ではナジレーヴの事件以外にも、殺人事件における男女の傾向の違いや、他の女性による殺人との比較などを論じている。
その中で紹介されていた司法心理学者アンナ・モッツの著書の中の言葉が胸に響く。
「彼女たちは、タブロイド紙が書きたてるような、非道な化け物などではない」
「実際、その他大勢であるわたしたちと大差はない。彼女たちの犯行は往々にして、誰もが身に覚えのある感情が——愛し愛されたいという切なる思い、親になったことのいらだちと恐れ、心に巣食う恥や自己嫌悪といった感情が——こじれた結果なのだから」(p.178)
✴︎
なんとも救いのない、辛く苦しい史実だった。
ハンガリーでは忘れ去られ、一族は恥として葬り去っていた話。
ふとしたきっかけでこの話を耳にした著者が興味を持ち、膨大な取材の末にこうして一冊の本にまとめてくれた。
そして翻訳を経て今私の手にあるこの本を、読めて本当によかったと思う。
世界中の人全員読んだらいいと思う。
人間が耐え難い暴力とストレスに日常的に晒され、追い詰められた結果がどうなるのか、詳らかにしてくれたこの本を。

