
あんどん書房
@andn
2026年10月11日
けんぐゎい
朝倉かすみ
ふだん芥川賞作品ばかり読んでるので、たまには直木賞も…ということで。
時代小説もあまり読まないので分からないけど、おそらくフェミニズム時代小説というジャンルの新しさがあるのではないかと思う。
主人公「ふゆ」は利発な少女だが、全身に「痘痕(あばた)」を持つゆえに周囲からは見た目で軽んじられている。そのため処世術として「へりくだったようす」でいることを身につけていて、自分は「ぶつぶつ」だからと様々なことを諦めてしまう。
一方、妹の「りよ」は縹緻よしだが「逆上せ」を持っており、ふとした拍子に昂ってしまい、じっとしていられず喋りまくる。
それぞれがハンディギャップを抱えた姉妹は母親からも軽んじられながらも、それぞれ手習い師匠の手伝いや船宿の下女奉公へと出されてゆく。
ふゆは師匠からも信頼されて給料を貰いながら働くようになるが、師匠が養子に取った物腰柔らかな青年・宗三郎に惚れてしまう。しかし宗三郎にはすでに許嫁がおり……。
という展開からは男女のドロドロが始まりそうな予感がするものの、本作のあまりにも波乱な展開は全く予期しない方向に進んでいく。
人当たりの良い宗三郎には裏の顔があり、ハンデを負った女性たちに興奮してレイプしまくるという作中きってのハイパーサイコパスクソ野郎なのだ。しかも極めてナルシストでもあり、自分は選ばれた人間だから、自分が不完全な女を愛してやることによって彼女らは人間になれるみたいなことをサラッと言う。
“どんなにお前が賢くてと、見た目がそれじゃあ、なんにもならないし。うん、どっちにしたっておまえは圏外。”
“「おまえは、一生、外側にいるしかないんだ。わたしらの側には入れない」”(P102)
つまりタイトルの「けんぐゎい」とは圏外で、宗三郎が放った呪いの言葉なのであった。
そんなふゆの人生が新たな局面へと動き始めるのは、孕んでしまった宗三郎の子を下ろすよう脅されて産医の「おこまさま」と出会ってからだ。おこまさまは、師匠が無理やり息子と結婚させようとして来たのを拒み、自らの腕前一つで身を立てて来た女傑のような人物である。ふゆは彼女の元で産医としての技と知識を叩き込まれ、やがて虐げられた女性や「けんぐゎい」たちのためとなるコミュニティ「ガストホイス」を立ち上げる。
前半が超絶どんよりだっただけに、後半の展開はとても勢いが感じられて良い。
ふゆが自身の境遇を引け目に感じる必要なんてなかったと気付く場面は印象的だ。
“「どれほどさもありなんだとしても」
知らぬうちに声が出ていた。
「あると決まっちゃいないんだ」
眉唾だあ、と、はっきり口にしたら、胸のうちの奥のほうにずっと先から広がっていた竹林が根こそぎ浮き上がった。ずどん、と爆裂の音がして砕け散る。粉々になった土や根や葉や棹が、ふゆの胸のうちの奥のほうに降ってきた。”(P201)
“だけども、ちがった。間違っていた。[…]あたしが申し訳ないと思うことなど、ほんとうは、なにもないんだ。”(P204)
作中でふゆと表裏一体の存在として置かれているのが宗三郎の妻、ほの。身体に傷を負っているという共通点を持ちながら、大店の生まれという恵まれた境遇に育った彼女は、自身の人生は自分でくじを引いた結果だという自己責任論的な価値観を内面化している。
そんなほのの価値観に揺さぶられながらも、己の人生との向き合い方を確立してゆく、というのが後半の大きなテーマになっていた。
ラスト一文はとにかくかっこいい。
本文書体:リュウミン
装画:feebee 《観察者効果 白沢 憂鬱》
装幀:泉沢光雄
