いっちー "だれのための仕事ーー労働vs..." 2026年10月14日

いっちー
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@icchii317
2026年10月14日
だれのための仕事ーー労働vs余暇を超えて
遊びを身体の観点から定義しようとしてて面白かったのと、いくつか刺さりまくる箇所があった。 うろ覚えながら参照せずに一旦書くと、 かつてのギルドとかがあった時代の仕事観、つまり人生をかけるに値することを仕事とする時代の価値観には肯定的で、そうでない仕事についてバッサリ切り捨てているところが面白かった。「やりがいがあると言っても、仕事だからやるという程度の面白さでしかない」とか。 ただ最終的にはアイデンティティの話に結論を持っていこうとしていてなんだかなとなった。他者がいて初めて自分らしさも現れるのであり、…個人として働けるからボランティアに惹かれる人が多いのだろう、という議論。 でも周りの会社員の友達の話を聞いていると、アイデンティティを仕事に求める必要はない、という人の方が多い。 あるいは会社自体もそこまでその人の“顔”がないかというとそういうことも全然なく、やりがいのある仕事をしていたり、会社自体がギルド的な役割もあるので、満足しているように見える。 (満足してる人はボランティア行かないって書いてあったかもしれないけど) そもそもこういう本を興味持って読んでる時点で、仕事に人一倍承認を求めているのではないかと思えてくる。そういう読者にとっては耳障りが良いかもしれないが、逆に全く共感できない人も多そう。議論してるのは多寡の問題ではないのかもしれないけど。 私自身はルボンの群衆心理とか大衆の反逆とか読んで鶏口牛後って思ってるクチなんだけど、会社員やってる人たちが周りにいると大衆でない方が変みたいな気になってきて、よくわからなくなってくる。 大衆に向けた商品が多いし、周りの会社員はそうした仕事に携わっているからかもしれない。今の時代は特に大衆とお金稼ぎは相性がいい(大衆を対象にすればたくさん消費してくれる)から、自分も大衆であることを受け入れて、大量消費するって感じなのかな。 いくら大衆であることを拒否しようとしても、大量生産できたからコストが安くなっているのであって、唯一無二の私であろうとすることはとてもお金がかかる。その現実問題に対して、自らも職人のように個別具体で価値を生み出すのはとても時間がかかる。そのためには今の社会での発想でいくと時間とお金を投資しないといけないし、投資した結果離陸できる保証もない。だから既に回っているでかいシステムの一部で昇給とかもあって安定してる場所を選ぶ方が、そりゃ利口だとは思う。ない袖は振れないのです泣 あと本に戻ると、そもそもボランティアに行ける時点で対価を十分に得られている余裕のある働き方をしてるんだろうな、とか思ってしまう。本当に余白がない人は日々お金を稼ぐのに必死でボランティアに行く余裕さえない。認知体力?の余白とかもある前提で語られているよな、だいぶ楽観的だなという気持ち。あえて強く言うと、ボランティアやるのはかなりエリートなのでは。 閑話休題、 会社員の友達たちはリフレッシュが必要でそのために働くと言うまさに余暇のための労働、労働のための余暇という感じ。それがメリハリになって仕事頑張るぞって感じになってて、頑張りすぎてガチガチになってくる頃にがっつり休みとって余暇を過ごすみたいな形。そして国内だと余暇感が薄いから海外に行く。 私にとってはそれはなんのための仕事、なんのために稼いだお金?みたいに思えるが、彼らは一応というか、いろんな場所にたくさん旅行するということを楽しんでいる。 話を聞いていると羨ましさも少しある。でも私は人に会いに行く旅はするけどリフレッシュが目的ではない。それに海外に友達もいないので縁がない笑 観光地を巡るのも、消費すぎてつまらないと感じてしまって「スタンプラリーのような旅行はもういいや」と大学の頃に思った。(これも極端) もはや別の何かを内面化してるんじゃないかとも思ってしまう。金があればあっさり変わるかもw 消費マインドの方が、割り切って仕事もできるし楽なはずなんだけど、今の時代では荊の道である でも職人のように深く物事を極める方が楽しいだろうなと思っている自分は確かにいるのよなー。
いっちー
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@icchii317
臨床哲学者という立場に立てている人のポジショントークに思えてきてしまう
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