K "韓国カルチャー 隣人の素顔と..." 2025年4月12日

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@weitangshaobing
2025年4月12日
韓国カルチャー 隣人の素顔と現在
【好きなところ引用】 「私たちは誰もが少しは狂っています。だから皆サイコです。それでも大丈夫です。私たちはそれでも大丈夫な(良い)人たちです」 「オスは卵も産まないし、肉も美味しくなくて、役に立たないから」  息子にとってはまさに恐怖の発言だが、この恐怖とプレッシャーを何よりも感じているのは父親自身だろう。「だから男は成功しなければいけないのだ」と言う、この父親の意識こそが「韓国的家父長制」のある意味での象徴ともいえる(もっともそんな意識に支配されていたのは韓国やアジアの男だけではないと思うが)。 1980年代だというのにまるで開拓時代のような米国の片田舎で、土にまみれて奮闘した韓国人の家族がいたという事実。ヒヨコの選別の仕方を覚えて移民した夫婦の子どもが、 40歳になってその記憶を映画にしてアカデミー賞の候補になったということ。その映画の主演俳優もまた 4歳の時に親に手を引かれて移民した子どもであったこと。越境者たちの勇気と努力と成功が嬉しい。きれいな水があればミナリは育つ。水が出なければ、自分から水の方に向かえばいいのである。 日本のメディアと市民運動が世界とつながり、一人の政治家の生命を救ったこと。このことはもう少し語られてもいいのではないかと、最近になって思うようになった。日本でも市民運動は結果を出してきたのである。 「こんなことで悩んでいたら恥ずかしい」とか、「こんなことで怒ってはいけないかも」とか、「嬉しくてたまらないけどどうしよう」とか、そんなのは全てを我慢しなくていいと。もっと素直に、遠慮しなくていいから、悲しみなさい、怒りなさい、喜びなさい。そして語りましょう。照れなくていいから、愛について、正義について、希望について。
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